疾患解説

【人名がついた医療シリーズ 第11回】ドゥベーキー――大動脈解離の分類に名を残し、人工血管で命をつないだ外科医

「ドゥベーキーⅠ型の大動脈解離です」。循環器の診療や救急医療では、このように人の名前を使って病気の広がりを伝えることがあります。少し難しく聞こえるこの名前の主は、米国の心臓血管外科医マイケル・ドゥベーキー(Michael E. DeBakey, 1908–2008)です。

彼は病気を分類しただけでなく、傷んだ血管を人工血管に置き換える手術の発展にも大きく貢献しました。そして晩年には、自らも大動脈解離の患者となります。第11回は、病名の説明に今も登場する外科医の足跡をたどってみます。[1]

「血管を置き換える」を形にした外科医

ドゥベーキーは1908年、米国ルイジアナ州に、レバノン移民の両親のもとで生まれました。テュレーン大学で医学を学び、1948年にはヒューストンのベイラー医科大学で外科部門を率いるようになります。[2]

彼の仕事を象徴するのが、1950年代のダクロンという合成繊維を使った人工血管の開発です。血液が流れ続ける大動脈を、別の材料で置き換える。そのためには、丈夫さだけでなく、縫いやすさや体内で使える性質も必要でした。

驚くのは、その開発にミシンが使われたことです。ベイラー医科大学の記念館には、初期の人工血管づくりに使われたミシンの複製が展示されています。大きな医学の進歩が、布を選び、縫い、形を工夫する仕事ともつながっていたのです。[2][3]

そもそも「大動脈解離」とは?

通常の血管と大動脈解離の断面、真腔と偽腔の模式図

大動脈は、心臓から全身へ血液を送り出す、体で最も太い動脈です。その壁は複数の層からできています。大動脈解離は、血管の壁の中に血液が入り込み、壁がはがれるように裂けていく病気です。本来の血液の通り道を「真腔」、壁の中にできた新しい通り道を「偽腔」と呼びます。

名前が似ている「大動脈瘤」は、血管の一部がこぶのようにふくらむ病気です。大動脈解離とは異なりますが、両者が重なることもあります。解離では血管が破裂する危険に加え、脳や腸、腎臓、足などへの血流が妨げられることがあり、迅速な診断と治療が必要です。[4]

ドゥベーキー分類――「どこから、どこまで」を伝える

大動脈は心臓を出て上向きに進み(上行大動脈)、弓なりに曲がって(大動脈弓)、胸からおなかへ下っていきます(下行大動脈・腹部大動脈)。ドゥベーキー分類は、裂け目の始まりと、解離が広がった範囲で、大きく3つに分ける方法です。

分類主な特徴
Ⅰ型上行大動脈に始まり、大動脈弓へ、通常は下行大動脈にも広がる
Ⅱ型上行大動脈にとどまる
Ⅲ型下行大動脈に始まり、主に下方へ広がる

Ⅲ型はさらに、胸部の下行大動脈にとどまるⅢa型と、横隔膜を越えて腹部へ広がるⅢb型に分かれます。[5]

この数字は「Ⅰ型なら軽症、Ⅲ型なら重症」という順番ではありません。病気の場所と広がりを示す名前です。同じ大動脈解離でも、どこが傷んでいるかによって、注意する合併症や治療の進め方が変わります。

「スタンフォードA型・B型」とはどう違う?

現在、治療方針の説明でよく使うのがスタンフォード分類です。こちらは、上行大動脈に解離が及んでいるかで分けます。及んでいればA型、及んでいなければB型です。典型的にはドゥベーキーⅠ・Ⅱ型がA型、Ⅲ型がB型に対応しますが、始まりとは逆向きに解離が広がる場合などは、実際の範囲で判断します。[5]

急性A型は、原則として緊急手術を検討する病気です。B型では、破裂や臓器の血流障害などの合併症がなければ、血圧・心拍数・痛みを抑える治療を中心に始めます。一方、合併症がある場合などは、ステントグラフト治療や手術が必要になります。「B型だから安全」「薬だけで必ず大丈夫」という意味ではありません。[6]

97歳で、自らも大動脈解離の患者になった

97歳で大動脈解離の手術を受けたドゥベーキーの再現イメージ

ドゥベーキーの生涯には、忘れがたい出来事があります。2006年、97歳だった彼自身が、大動脈解離の手術を受けたのです。治療を担ったのは、彼が育てた外科医たちでした。そこには、自らが半世紀以上前から切り開いてきた手術の技術が生かされていました。[1]

自分が発展させた医療によって、今度は自分が救われる。医学史のなかでも、技術が次の世代へ受け継がれる意味を感じさせるエピソードです。ただし、この事例だけから「年齢に関係なく同じ手術ができる」とはいえません。治療は病状、全身状態、本人の意向などを踏まえて判断されます。

彼はその後回復し、2008年に99歳で亡くなりました。残されたのは分類や器具の名前だけでなく、難しい病気に挑む技術と、それを使う医師たちでした。[1]

手術の道具にも残る「ドゥベーキー」

外科の現場には、ドゥベーキーの名前がついた鑷子(ピンセット)もあります。血管などの繊細な組織を扱うための器具で、現在も使われています。分類の名前だけでなく、手術を支える道具にも、その名前が残っているのです。[8]

一つの手術を成功させるには、病気を正しく理解すること、適した材料や道具を用意すること、チームで技術を共有することが必要です。ドゥベーキーの仕事をたどると、そのつながりが見えてきます。

突然の胸・背中の激痛は、ためらわず119番

大動脈解離では、突然の強い胸痛や背部痛が起こることがあります。失神、片側の手足が動かしにくい、ろれつが回らないなどの症状を伴うこともあり、必ずしも典型的な「引き裂かれるような痛み」とは限りません。[4]

突然の激しい胸・背中の痛み、意識を失う、急に手足が動かないといった症状があれば、予約や外来受診を待たず、119番で救急要請してください。自分で車を運転して受診しないでください。

普段の血圧管理も、大動脈を守るために

家庭血圧の記録・禁煙・治療継続と、突然の激しい胸背部痛では119番という案内

高血圧は大動脈解離に関係する重要な要因です。日頃から家庭血圧を記録し、処方された薬を自己判断で中断せず、禁煙や減塩に取り組むことが大切です。大動脈の拡張を指摘された方や、大動脈解離の治療後の方は、症状がなくても主治医が勧める定期検査を続けましょう。[7]

また、大動脈の病気には遺伝的な背景が関係する場合もあります。血縁のご家族に大動脈瘤や大動脈解離の方がいる場合は、そのことも診察時に伝えてください。[5]

名前の向こうにある、命をつなぐ工夫

「ドゥベーキーⅠ型」という言葉の向こうには、傷んだ血管をどう治すかを考え、材料や道具を工夫し、後進を育てた一人の外科医の人生があります。医学用語は難しくても、その背景を知ると少し身近に感じられるかもしれません。

私たちの日常に引き寄せれば、血圧を測ること、治療を続けること、突然の異変にはすぐ助けを求めること。その一つひとつも、命をつなぐ大切な行動です。

※本記事は一般的な医学情報と医学史の紹介です。個別の診断・治療は主治医にご相談ください。挿絵の人物・場面は歴史をもとにしたイメージであり、記録写真ではありません。

当院で相談できること

京都市西京区・桂川・桂・洛西口エリアの医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックでは、高血圧の診療や家庭血圧の測り方・記録についてご相談いただけます。健診で血圧が高いといわれた方や、治療中の血圧が気になる方は、家庭血圧の記録をお持ちください。

なお、大動脈解離が疑われる急な症状は救急対応が必要です。上記のような症状があるときは、当院の予約を待たず119番へご連絡ください。

人名がついた医療シリーズ バックナンバー

引用文献・参考サイト

  1. 米国国立医学図書館:Michael E. DeBakey — Biographical Overview
  2. Baylor College of Medicine:Legacy of Excellence
  3. Baylor College of Medicine:DeBakey Library and Museum
  4. 国立循環器病研究センター:大動脈瘤と大動脈解離
  5. 2022 ACC/AHA Guideline for the Diagnosis and Management of Aortic Disease
  6. American College of Cardiology:2022 Aortic Disease Guideline Key Perspectives, Part 2
  7. 日本循環器学会ほか:2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン
  8. Vernacare:Debakey Dissecting Forceps(器具の仕様)

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