疾患解説

【人名がついた医療シリーズ 第7回】橋本病――100年以上、世界で呼ばれ続ける日本人医師の名前

「最近、なんとなく疲れやすい」「寒がりになった気がする」「体重が増えてきた」「健康診断でTSHが高いと言われた」――京都市西京区・桂川・桂・洛西口エリアのクリニックで診療していると、こうした患者さんに出会うことがあります。

血液検査で甲状腺ホルモンや自己抗体を調べ、必要に応じて甲状腺エコーを行う。その結果、見つかることがあるのが橋本病(慢性甲状腺炎)です。甲状腺機能低下症の代表的な原因で、決して珍しい病気ではありません。

では、なぜ「橋本病」という名前なのでしょうか。実はこの「橋本」は、病気を初めて詳細に報告した日本人医師、橋本 策(はしもと・はかる)先生の名前です。ご好評をいただいている「人名がついた医療シリーズ」も第7回。今回は日本人医師の物語に戻ります。そして橋本先生の人生には、このシリーズで取り上げてきた先生たちとは少し違う、興味深い続きがあります。世界的な病名に名前を残した橋本先生は、その後、故郷で開業医になったのです。

※本記事は医学史の読み物と一般向けの解説であり、診断・治療を断定するものではありません。検査値の評価はお一人おひとり異なります。

若い外科医が気づいた「何か違う甲状腺」

若き橋本策先生が顕微鏡で甲状腺組織の違いに気づく(人名がついた医療シリーズ 橋本病)

橋本策先生は1881年、現在の三重県伊賀市に生まれました。福岡医科大学、現在の九州大学医学部につながる学校を卒業し、外科医として三宅速教授の教室で研究を始めます。

当時、甲状腺が大きくなる「甲状腺腫」はすでに知られていました。橋本先生は、手術によって摘出された甲状腺を顕微鏡で詳しく観察していました。すると、その中にどうも普通の甲状腺腫とは違うものがあることに気づきます。

甲状腺の中に多数のリンパ球が入り込んでいる。リンパ濾胞が形成されている。甲状腺本来の組織にも特徴的な変化が起こっている。

そして橋本先生は、同じような特徴を示す4人の患者さんを見いだしました。ここで重要なのは、単に「珍しい組織を見つけた」ことではありません。「この4人には、何か共通する病気があるのではないか」と考えたことでした。

1912年、「Struma lymphomatosa」を発表

1912年 橋本策がStruma lymphomatosaとして論文を発表(橋本病の由来)

1912年、橋本先生は4例の甲状腺組織を詳細に検討し、「Struma lymphomatosa(リンパ腫性甲状腺腫)」としてドイツの外科学雑誌 Archiv für Klinische Chirurgie に発表しました。

橋本先生はまだ30歳前後。しかも、論文はドイツ語で書かれていました。そこにはリンパ球や形質細胞の浸潤、リンパ濾胞形成、甲状腺濾胞細胞の変化などが詳細に記載されています。

現在の私たちが見れば、自己免疫によって甲状腺に慢性的な炎症が起こる病気だと理解できます。しかし、これは1912年です。現在では当たり前に使っている「自己免疫疾患」そのものの概念が、まだ確立していない時代でした。

つまり橋本先生は、原因が分からない病気を、病理学的な共通点から一つの疾患として切り出したことになります。

ところが、すぐには評価されなかった

新しい病気を発表したのだから、橋本先生は一躍有名になった――。……という話ではありません。むしろ逆でした。

橋本先生の報告は、発表直後には大きな注目を集めませんでした。当時は、この病変が本当に独立した病気なのか、それともすでに知られていた甲状腺疾患の一型なのか、はっきりしなかったのです。

橋本先生はその後ドイツへ留学しますが、第一次世界大戦が始まったため帰国します。そして大学に残って教授への道を歩むのではなく、故郷の三重県へ戻りました。

世界に名前を残した医師は、町の開業医になった

故郷で開業医として地域の患者を診る橋本策先生

ここが、橋本先生の物語で私がとても興味深いところです。

橋本先生は故郷に戻り、開業医として地域の患者さんを診療するようになります。今なら世界的な疾患を最初に報告した研究者です。しかし当時は、自分の発見が後に世界中の医学教科書に載ることになるとは、想像していなかったのではないでしょうか。

橋本先生は地域の医師として診療を続け、1934年、52歳で亡くなりました。自分の名前が世界中で「Hashimoto’s disease」「Hashimoto’s thyroiditis」と呼ばれる時代を見ることはありませんでした。

発表から約20年後、「Hashimoto」が再発見される

橋本先生の仕事が国際的に評価されるようになったのは、ずっと後のことです。

1930年代になると海外の研究者たちが、橋本先生が報告した病変は、ほかの甲状腺炎とは異なる独立した疾患ではないかと考えるようになります。そこで、約20年前に発表されていた橋本先生の論文が改めて注目されました。そして次第に、Hashimoto’s disease という名前が国際的に定着していきます。

さらに1950年代以降、免疫学が大きく発展します。すると橋本先生が1912年に顕微鏡で見ていた、「甲状腺にたくさんのリンパ球が入り込んでいる」という現象の意味も分かってきました。免疫系が自分自身の甲状腺を標的としている。橋本病は、自己免疫疾患だったのです。

橋本先生が顕微鏡で見つけた「形」が、数十年後になってようやく「なぜ起こるのか」まで説明できるようになりました。

では「橋本病」とはどんな病気?

現代の診療で出会う橋本病 甲状腺エコーとTSH・FT4・自己抗体の検査

橋本病は、免疫の異常によって甲状腺に慢性的な炎症が起こる自己免疫性甲状腺疾患です。血液検査では、抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体などの甲状腺自己抗体が陽性になることがあります。甲状腺エコーでは、甲状腺の腫大や内部エコーの低下・不均一などがみられることがあります。

そして診療上、とても大切なのが、「橋本病=甲状腺機能低下症」ではないということです。橋本病があっても甲状腺機能が正常な方は少なくありません。

一方、炎症によって徐々に甲状腺の働きが低下すると、次のような甲状腺機能低下症の症状が出ることがあります。

  • 疲れやすい、だるい
  • 寒がり
  • むくみ
  • 体重増加
  • 便秘
  • 脈が遅くなる
  • 皮膚が乾燥する

そのため橋本病では、診断名だけを見るのではなく、TSHやFT4などを確認しながら甲状腺機能を評価することが重要です。甲状腺機能低下症となり治療が必要な場合には、レボチロキシンなどの甲状腺ホルモンを補充します。なお、検査値や治療の判断は自己判断で行わず、必ず主治医にご相談ください。

橋本病は、実はクリニックでも身近な病気

「橋本病」と聞くと、少し特殊な病気のように感じるかもしれません。しかし実際の診療では、非常に身近な疾患です。

しかも患者さんが、「甲状腺がおかしいと思って来ました」と言って受診されるとは限りません。

「最近なんとなくだるい」「以前より寒さに弱くなった」「むくむようになった」「健診でコレステロールが高かった」といった、一見すると甲状腺とは結びつきにくい訴えから見つかることもあります。また、健康診断などで偶然TSHの異常を指摘され、調べてみると橋本病だったということもあります。

100年以上前に橋本先生が顕微鏡の中に見つけた病気を、現在の私たちは血液検査や超音波検査を使いながら、日々の外来で診ているわけです。

このシリーズを通して見えてきたこと

「人名がついた医療シリーズ」を続けていると、医学史に名前を残した先生たちには、ある共通点があるように感じます。それは単に観察力が優れていたというだけではありません。

多くの医師が同じ患者さんを診て、同じような所見を見ていたはずです。それでも彼らは、「これは本当に、今までの病気として説明してよいのだろうか」と、既存の枠組みそのものを疑いました。

橋本先生は4人の患者さんの甲状腺組織に共通点を見いだし、川崎富作先生は一見ばらばらに見える子どもたちの症状を一つの疾患像として捉えました。井上寛治先生も「僧帽弁狭窄症は手術で治す」という当時の常識に別の可能性を見いだしました。

共通するのは、小さな違和感を拾う。共通点を見つける。そして一歩引いて、自分たちの常識を疑う。という思考です。これは観察力というより、自分自身の「ものの見方」を客観視するメタ認知の力なのかもしれません。

最先端の遺伝子検査もAIもなかった時代に、患者さんを丁寧に観察し、別々に見える「点」を結びつけることで、新しい医学の「概念」が生まれました。逆に、知識そのものには簡単にアクセスできるようになったAI時代だからこそ、「何を疑問に思うか」「どの点と点を結ぶか」という力は、ますます大切になるのかもしれません。

そして最後は、診察室へ

橋本先生の人生を知って、最後に私が一番印象に残ったのは、やはり開業医になったことでした。世界で初めて新しい甲状腺疾患を記載した若い外科医が、やがて故郷に戻り、町の医師として患者さんを診る。

そして100年以上たった現在、私たちも診察室で、「最近、疲れやすいんです」という患者さんの話を聞き、甲状腺を触診し、血液検査をして、必要ならエコーを見る。

医学史に残るような大発見をしようという話ではありません。けれども、橋本先生をはじめ、このシリーズで取り上げてきた先生たちの出発点は、案外そこにあったのではないでしょうか。

目の前の患者さんを丁寧に診る。小さな違和感を、簡単に「よくあること」で片づけない。そして、「本当にこれで説明できているだろうか?」と考えてみる。

医学の発見は、研究室だけにあるのではない。毎日の診察室にも、その種は転がっている。橋本先生の物語を調べながら、私自身も、日々の診療で患者さん一人ひとりと真剣に向き合うことの大切さを改めて感じました。

受診の目安

次のようなときは、一度甲状腺の検査を検討し、気になる場合は医療機関にご相談ください。

  • 疲れやすい・寒がり・むくみ・体重増加・便秘などが続く
  • 健診で TSHの異常原因のはっきりしないコレステロール高値 を指摘された
  • 首の前(甲状腺)の腫れやしこりが気になる
  • すでに甲状腺ホルモン薬を飲んでいるが、体調や検査値に変化がある

動悸や強い息切れ、極端な徐脈、強いむくみなど、いつもと違う体調変化が急に強く出たときは、早めに医療機関へご相談ください。

おわりに

人名がついた医療シリーズ 第7回「橋本病」。100年以上前、4人の患者さんの甲状腺に共通する「小さな違い」を見つけた若い日本人医師。その名前は今や、世界共通の医学用語になりました。そしてその医師は最後に、地域の患者さんを診る開業医になりました。そう考えると「橋本病」という名前が、少し身近に聞こえてくる気がします。

当院で相談できること

医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックでは、甲状腺ホルモン(TSH・FT4)や甲状腺自己抗体などの血液検査、必要に応じて甲状腺エコーを含めて、「なんとなくの不調」を一緒に確認します。「疲れやすい」「寒がりになった」「健診でTSHが高いと言われた」――そんなときは、放置せず・怖がりすぎず、どうぞお気軽にご相談・ご予約ください。

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