疾患解説

【人名がついた医療シリーズ 第10回】毎日測っている「血圧」にも人の名前がある――コロトコフ音を発見した若きロシア人外科医

診察室で最も頻繁に行われる検査の一つが、血圧測定です。「上が138、下が82ですね」。京都市西京区・桂川・桂・洛西口エリアの当院でも毎日測っていますが、聴診器で血圧を測るとき、その数字はどう決めているのでしょうか。

腕に巻いたカフの圧を少しずつ下げていくと、トン、トン、トン……という音が聞こえ始め、さらに下げるとやがて消えます。この音が「コロトコフ音(Korotkoff sounds)」です。最初に音が聞こえたところを収縮期血圧、音が消えるところを拡張期血圧として読む方法は、現代医療の基本中の基本です。1905年にこれを報告したのが、ロシアの外科医ニコライ・セルゲーエヴィチ・コロトコフ(Nikolai Sergeevich Korotkoff, 1874–1920)でした。彼はもともと高血圧の専門家でも循環器内科医でもなく、戦場で傷ついた兵士の手足を診ていた外科医でした。

戦場の外科医だったコロトコフ

日露戦争の戦場で負傷兵を診る外科医コロトコフと側副血行の疑問(血圧測定の由来)

コロトコフは1874年、ロシア西部の都市クルスクに生まれ、モスクワ大学医学部を1898年に卒業しました。人生を大きく動かしたのは20世紀初頭の戦争です。1900年の義和団事件では赤十字の医療部隊として中国へ赴き、1904年に日露戦争が始まると軍医として従軍しました。ここがコロトコフ音誕生の舞台になります。

戦場には銃弾や砲弾で血管を損傷した兵士が次々に運び込まれます。現在ならCTや血管エコー・血管造影で血流を評価できますが、当時そんな検査はありません。外科医に突きつけられたのは、「この動脈を手術(結紮)しても、その先の手足は生き残れるのか?」という切実な問題でした。人間の体には別ルートで血液を届ける側副血行路があります。コロトコフは「主幹動脈を遮断しても側副血行だけで末梢を生かせるか」を手術前に判断しようとしていたのです。つまり彼は、血圧の新しい測定法を発明しようとしていたのではなく、血管外科医として「この腕に十分な血液が流れているか」を知ろうとしていました。

すでに血圧計はあった――でも「下の血圧」が測れなかった

コロトコフ以前にも血圧計はありました。特にイタリアの医師シピオーネ・リヴァ=ロッチが1896年に、腕にカフを巻いて圧迫する血圧計を発表しています。ただし当時は主に脈を触って「脈が戻ってきた」点から収縮期血圧(上の血圧)を推定する方法で、拡張期血圧(下の血圧)を簡単・正確に測る方法がありませんでした。ここにコロトコフが登場します。

あるとき、血管から「音」が聞こえた

圧迫した動脈から聞こえるコロトコフ音 音が出現する圧が収縮期血圧消える圧が拡張期血圧

コロトコフが腕の動脈を完全に圧迫すると血流は止まり、聴診器を当てても何も聞こえません。ところが圧迫を少しずつ弱めると――トン。音が聞こえ、さらに下げると脈に同期してトン、トン、トン……と続き、もっと下げると音が消えます。コロトコフはこの現象を見逃しませんでした。

カフ圧が収縮期血圧より高いと上腕動脈は完全に押しつぶされて音もしませんが、収縮期血圧を下回った瞬間、心臓が収縮したときだけ血液が通れて最初のコロトコフ音が聞こえます。さらに下げて拡張期血圧を下回ると血管は圧迫からほぼ解放され、音が消えます。したがって、音が出現する圧=収縮期血圧、音が消失する圧=拡張期血圧として測れる。「脈を触る」だけだった血圧測定が「血管の音を聴く」測定へ変わった、歴史的な転換点でした。

1905年――歴史を変えた発表は驚くほど短かった

1905年サンクトペテルブルクでコロトコフが血圧測定法を発表した281語の報告

1905年11月、コロトコフはサンクトペテルブルクの帝国軍事医学アカデミーで「血圧測定法の問題について」という地味なタイトルで発表しました。この医学史に残る最初の報告は、現代のレビューによればわずか281語ほどの短いものだったと紹介されています。大規模試験でも多数の共同研究者がいたわけでもなく、一人の若い外科医が「動脈を圧迫して聴診すると、このような音が聞こえる」と報告しただけ。しかしこの短い報告が、世界中の診察室を変えていきます。

コロトコフ音は5段階(phase I〜V)

現在は大きく5相に分類されます。

  1. 第I相:明瞭な叩くような音が出現 → 収縮期血圧
  2. 第II相:音が柔らかく、雑音様になる
  3. 第III相:再び明瞭で強い音になる
  4. 第IV相:急に音が弱く、こもった感じになる
  5. 第V相:音が完全に消失 → 通常は拡張期血圧

ただし、この5相分類はコロトコフ自身が最初から完全な形で記載したものではなく、彼の観察を基礎に後の研究者が整理したものです。

発見は「側副血行」の研究から生まれた

コロトコフの本来の研究テーマは血圧測定そのものではなく、1910年に「動脈側副血行の機能を評価するための実験」で博士論文を完成させています。つまりコロトコフ音は、側副血行を研究する過程で生まれた副産物でした。医学史に残る発見が、最初からそれを目指した研究ではなく、目の前の患者のために一つの疑問を突き詰めた途中で生まれた――ここがとても興味深いところです。

世界標準になった頃、本人はもういなかった

1905年の発見後、コロトコフ自身が血圧について大量の論文を書き続けたわけではなく、価値に気づいた世界中の医師が検証し広めました。1939年にはAHAと英国・アイルランドの心臓学会の合同委員会がコロトコフ法を正式採用し世界標準になります。しかしその頃、コロトコフ本人はもうこの世にいませんでした。彼は1920年、肺結核のため46歳で亡くなっています。

120年後、私たちは今もコロトコフの発見を使っている

コロトコフの遺産 診察室・学校健診・家庭で今も使われる血圧測定

現在は自動血圧計が普及し、家庭血圧計も診察室の機器も主にオシロメトリック法で、実際に人がコロトコフ音を聞いているわけではありません。それでも聴診法は血圧測定の原理を理解するうえで今も重要です。血圧は体温・脈拍・呼吸数・酸素飽和度と並ぶ最も基本的な情報の一つ。その測定法の歴史に、一人のロシア人外科医の名前が今も残っています。

コロトコフ以前にも、医師は動脈を圧迫し、聴診器も血圧計もありました。道具はすでに目の前にあったのに、「圧迫した血管を聴診すると音がして、その音に血流と血圧の情報が含まれている」と気づいた。そこに発見の本質があったのだと思います。次に血圧計を巻くとき、「この測定にも一人の医師の物語がある」と思い出すと、いつもの診察が少し違って見えるかもしれません。

血圧のことで気になったら(受診の目安)

  • 健診や家庭で 血圧が高い(診察室140/90、家庭135/85 mmHg以上が目安)と指摘された
  • 家庭血圧の測り方や数字の見方が分からない、記録が続かない
  • 強い頭痛・胸痛・息切れ・むくみ・手足のしびれなどを伴う
  • すでに降圧薬を飲んでいるが、家庭血圧が目標に届かない・変動が大きい

強い胸痛や激しい頭痛、ろれつが回らない・手足が動かないなど急を要する症状があるときは、ためらわず救急要請(119番)をしてください。

まとめ

私たちが毎日当たり前に測っている「上の血圧・下の血圧」は、戦場で兵士の血流を何とか評価しようとした一人の若い外科医の観察から生まれました。血圧は自分の心臓・血管・腎臓を知る大切な入口です。数字の意味を知り、上手につきあっていきましょう。

※本記事は一般的な情報提供・医学史の読み物であり、診断・治療を断定するものではありません。お薬の開始・変更・中止は自己判断せず、主治医にご相談ください。

当院で相談できること

医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックでは、診察室血圧に加えて家庭血圧を重視し、高血圧の診断・治療、生活習慣病の管理を行っています。家庭血圧の測り方・記録の付け方から、数字の見方、お薬の相談まで、どうぞお気軽にご相談ください。

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