抄読会

第37回抄読会 “The Unusual Suspects”

第37回抄読会 “The Unusual Suspects”

近隣の先生方と月に1回、オンラインでNEJMの論文を読む抄読会を行っています。取り上げているのは Clinical Problem-Solving というセクションの論文で、参加者で分担して和訳しながら、症例の診断過程や治療について検討しています。クリニックで日常診療をしていると、まとまった時間をとって論文を読む機会はどうしても少なくなるため、私にとっても非常に貴重な時間です。

今回の論文は、“The Unusual Suspects” というタイトルでした。

直訳すると「意外な容疑者たち」といった意味になります。このシリーズでは、タイトルそのものに症例の診断や経過を暗示する複数の意味が込められていることが多く、今回もそのタイトルの意味を考えながら症例を読み解いていきます。今回は、論文の整理や内容の検討に ChatGPT を活用しました。


バーチャル症例検討会

はな子先生(研修医1年目)
「それでは症例を提示します。53歳男性で、既往にCrohn病と乾癬があります。budesonide 9 mg/日とdupilumabを使用していました。受診2週間前から黄疸と濃色尿が出現し、2日前から頭痛、構音障害、悪心・嘔吐が加わって救急受診しました。

診察では黄疸に加えて脈拍130/分の頻脈、心尖部に腋窩へ放散する全収縮期雑音を認めました。さらに手足にはOsler結節、Janeway病変を思わせる丘疹とsplinter hemorrhageがありました。

血液検査では白血球34,000/μL、AST 810 IU/L、ALT 1965 IU/L、総ビリルビン10.2 mg/dLと、感染所見に加えて著明な肝細胞障害を認めました。頭部CTでは左前頭葉の硬膜下出血とくも膜下出血、腹部CTでは腎梗塞を疑う楔状低吸収域がありました。

その後、血液培養でMSSAが検出され、経食道心エコーで僧帽弁前尖に1.2 cmのvegetation、弁穿孔、重症僧帽弁逆流を認めました。頭部MRIでは左前頭葉、左頭頂葉、両側小脳半球に多発梗塞、CTAでは左中大脳動脈に2 mmの感染性動脈瘤を疑う病変がありました。

ここまででMSSA感染性心内膜炎と敗血症性塞栓症が診断されました。vancomycinとmeropenemを開始し、その後oxacillinへ変更すると、AST、ALT、ビリルビン、白血球はいったん改善しました。

ところが、hospital day 6~14にAST/ALTが再上昇しました。ASTは984、ALTは674 IU/Lまで上昇した一方、ビリルビン、ALP、白血球は低下し、血液培養も陰性化していました。

追加検査ではANA 1:320、F-actin抗平滑筋抗体35 U、IgG 3238 mg/dLと高値でした。肝生検では高度のinterface hepatitis、形質細胞優位の炎症細胞浸潤、portal-central bridging necrosisを認めました。これらを合わせSimplified Autoimmune Hepatitis Scoreでdefinite autoimmune hepatitisとなり、最終的に自己免疫性肝炎と診断されました。

治療はprednisone 40 mg/日に変更し、その後azathioprineを追加。肝酵素は正常化しました。感染性心内膜炎には最終的にcefazolinを使用し、その後生体弁による僧帽弁置換術を受けました。16か月後も肝酵素は正常でした。

この症例では、感染性心内膜炎と自己免疫性肝炎が同時に存在し、感染とbudesonide中断・減量が潜在的AIHを顕在化させた可能性がポイントだと思います。」


はな子先生
「サトシ先生、最初の質問です。MSSA感染性心内膜炎がこれだけ重症なら、肝障害も全部敗血症や虚血性肝炎で説明できそうに感じます。なぜ自己免疫性肝炎を別に疑う必要があったのでしょうか?」

サトシ先生(指導医15年目)
「とても重要な疑問です。最初のAST 810、ALT 1965という値だけを見れば、敗血症性肝障害や一過性低血圧による虚血性肝障害も十分候補になります。実際、抗菌薬開始3日後にAST 445、ALT 480まで低下していますから、初期肝障害の一部は菌血症や循環動態の影響だった可能性があります。

ただし、その後の時間経過が問題です。感染は改善して、白血球が下がり、血液培養も陰性化し、ビリルビンやALPも改善している。それなのにASTとALTだけが再上昇した。つまり、感染の活動性と肝炎の活動性が解離したんです。

これは『一つの病気ですべてを説明しようとしてはいけない』サインです。

さらにANA 1:320、F-actin抗平滑筋抗体陽性、IgGが正常上限の約2倍と、AIHにかなり合う所見がそろいました。ただ、ここでも自己抗体だけで即AIHと決めてはいけません。急性感染でもANAやSMAが偽陽性になることがあるからです。最終的には肝生検でinterface hepatitisと多数の形質細胞が確認され、診断が固まりました。」


はな子先生
「では、ANAと抗平滑筋抗体が陽性だった時点では、まだ確定診断ではなかったということですね?」

サトシ先生
「その通りです。AIHでは自己抗体とIgGが重要ですが、特にこの症例は重症細菌感染を合併しています。感染そのものが免疫系を強く刺激しているので、血清学的所見だけで判断すると過剰診断になる可能性があります。

この患者では、ウイルス性肝炎が除外され、IgGが3238 mg/dLと明らかに高く、さらに生検で典型的所見がそろった。この『血清学+組織学+他疾患の除外』が大事です。

Simplified AIH Scoreでも、ANA高力価、IgG高値、典型的組織、viral hepatitis除外でdefinite AIHに達します。」


はな子先生
「3つ目の質問です。この患者さんはCrohn病のためbudesonide 9 mgをずっと飲んでいました。これがAIHを隠していたというのは本当にあり得るのでしょうか?」

サトシ先生
「十分あり得る、というのがこの論文の中心的な仮説です。budesonideは消化管局所作用を期待して使われますが、グルココルチコイドですから、AIHにも抗炎症作用を持ちます。

この患者は9か月前には肝機能正常でした。つまり、潜在的AIHがbudesonideで部分的に抑えられていた可能性があります。

感染性心内膜炎が起こり、活動性感染を理由にbudesonideが中止された。その後hospital day 8に再開されたのですが、本来9 mgだったところを誤って3 mgで再開していました。

したがって、論文の解釈としては、
『感染という免疫学的trigger』に加え、
『ステロイド中断』、
さらに『不十分な量での再開』
がAIHの顕在化・再燃に関与した可能性があります。

ただし、ここは因果関係を証明したわけではありません。論文でも可能性として論じています。」


はな子先生
「では先生、oxacillinによる薬剤性肝障害はどう考えますか?入院後に肝酵素がまた上がったタイミングは、薬剤性にも見えます。」

サトシ先生
「そこも重要な鑑別です。実際、論文でもoxacillinが追加の肝障害に関与した可能性は検討され、hospital day 11にcefazolinへ変更されています。

ただ、oxacillinだけでは説明できない点があります。患者はoxacillin投与前、入院時点ですでにALT 1965 IU/Lでした。つまり薬剤性肝障害が再上昇に一部関与したとしても、最初の肝炎の原因にはなりません。

この症例の肝障害は、単一原因よりも、
感染・循環動態による肝障害、
自己免疫性肝炎、
薬剤性肝障害の可能性、
脂肪肝や飲酒による背景肝の脆弱性
が重なった多因子性と考えるのが自然でしょう。」


病理の視点

タケシ教授(内科学教授)
「ここは病理が診断の決め手ですから、大河内教授にも伺いましょう。」

大河内教授(病理学教授)
「はい。この症例のFigure 4は非常に教育的です。

Panel Aでは門脈域を中心とした高度のlymphoplasmacytic infiltrateがあり、その炎症が肝実質側へ越境しています。これがinterface hepatitisです。

Panel Bでは形質細胞が非常に目立ちます。論文では単核球の約40%を占め、5個以上のclusterが多数あったと記載されています。clock-face nucleus、偏在する細胞質、perinuclear hofも見えます。

Panel Cではconfluent necrosis周囲のdebris-laden Kupffer cellsが確認できます。

Panel Dではportal-central bridging necrosisとparenchymal collapseがあります。一方で高度な線維化はありません。

この組織は、急性かつ強い肝炎活動性を示し、血清学的所見と組み合わせればAIHに非常によく合います。

ただし病理学的にも、形質細胞がいるだけでAIHとは診断しません。薬剤性肝障害や他の肝炎でも形質細胞は出ます。だから、病理単独ではなく臨床・血清学との統合診断が必要なのです。」

はな子先生
「形質細胞が多い=AIH、ではないんですね。」

大河内教授
「その通りです。『特徴的』と『特異的』は違います。AIHらしい組織があり、IgG高値、自己抗体、ウイルス性肝炎除外という背景までそろって初めて強い診断になります。」


心臓外科の視点

タケシ教授
「この患者は最終的に僧帽弁置換術を受けています。東教授にも伺います。」

東教授(外科学教授)
「この症例では僧帽弁に1.2 cmのvegetationがあり、前尖が穿孔して、severe MRまで起こしています。しかも脳、腎臓へすでに塞栓を飛ばしている。

つまり、単に抗菌薬で菌を消せば終わりという病態ではありません。弁そのものが構造的に破壊されています。

一方、この患者には脳梗塞だけでなく出血性病変とmycotic aneurysm疑いもあります。こういう症例では手術時期は慎重に検討しなければいけません。急いで人工心肺を使用すれば、抗凝固に伴って頭蓋内出血を悪化させる懸念もあります。

この症例ではまず感染を治療し、AIHも安定化させ、prednisoneを減量した後に生体弁置換を行い、合併症なく終了しています。結果として周術期管理はうまくいったと評価できます。」


さらに診断過程を深掘り

はな子先生
「もう一つ質問してもいいでしょうか。初診時に黄疸と構音障害を見たら、私は肝性脳症を考えてしまいそうです。」

サトシ先生
「そこもこの症例の罠です。黄疸+神経症状を見ると肝性脳症を連想しやすい。でもこの患者はammonia 25 μmol/Lで正常、asterixisなし、意識も清明でした。

一方、MRIでは左後部前頭葉、頭頂葉、小脳に多発梗塞がありました。したがって構音障害は肝性脳症ではなく、敗血症性塞栓による神経障害と考えるほうが整合的です。

症状が同時に出たからといって、必ず同じ病因であるとは限らない、という好例ですね。」

はな子先生
「なるほど。黄疸と神経症状を一つの病態で無理にまとめないことが大事なんですね。」

サトシ先生
「その通りです。むしろこの症例は“Occam’s razor”より“Hickam’s dictum”を思い出す症例です。患者はいくつもの病気を同時に持ち得る、ということです。」


タケシ教授による総括

タケシ教授
「ではまとめます。

この症例には最初から二つの大きな病態が存在していました。

一つはMSSA感染性心内膜炎です。頻脈、僧帽弁逆流性雑音、Osler/Janeway様病変、splinter hemorrhage、MSSA菌血症、僧帽弁vegetationという一連の所見は非常に典型的です。さらに脳・腎の多発塞栓、感染性脳動脈瘤まで生じていました。

もう一つが自己免疫性肝炎です。

初期の肝障害には感染・循環不全が一部関与していた可能性があります。しかし感染制御後にもaminotransferaseが再上昇し、IgG著明高値、ANA・F-actin抗体陽性、そして肝生検でinterface hepatitisとplasma-cell-rich infiltrateを認めたことでAIHが確定しました。

特に興味深いのはbudesonideです。Crohn病治療のためのbudesonideが、結果として潜在していたAIHも抑えていた可能性があります。感染時に中断され、さらに再開後の量が9 mgではなく3 mgだったことが、AIH顕在化に寄与した可能性があります。

ただし、感染性心内膜炎の最中に免疫抑制薬を止める判断自体は理解できます。重要なのは、一度決めた治療方針を固定せず、感染の改善度と肝炎の活動性を繰り返し評価することです。

また、この症例では肝酵素の『絶対値』だけでなく、時間経過が診断に非常に重要でした。

感染改善
→ 白血球低下
→ 血液培養陰性化
→ ビリルビン改善

にもかかわらず、

AST/ALT再上昇

というdiscordanceこそが、第二の病態を疑う最大のヒントでした。」


Take Home Message

タケシ教授
「今日のTake Home Messageです。

第一に、強力な診断が一つついても、すべての異常をその病気だけで説明しない。

第二に、自己免疫性肝炎は自己抗体だけで診断せず、IgG、ウイルス性肝炎の除外、肝組織を統合して判断する。

第三に、感染改善後にも肝酵素が再上昇するような“臨床経過の不一致”は、別の病態が隠れている重要なサインである。

そしてこの症例を象徴する一言は、

『患者には、同時に二つの正しい診断が存在し得る』

でしょう。

以上で症例検討会を終了します。」


今回の症例報告を読んでまず強く感じるのは「一つの診断がついても、そこで思考を止めてはいけない」ということです。今回の患者さんは、MSSAによる感染性心内膜炎と多発塞栓という非常に重い病態が明らかになりましたが、それだけでは肝障害の経過を十分に説明できませんでした。感染が改善しているにもかかわらずAST・ALTが再上昇し、最終的に自己免疫性肝炎というもう一つの病態にたどり着いています。

クリニックの日常診療でも、最初にもっともらしい診断がつくと、その後の異常所見まで同じ病気で説明したくなることがあります。しかし、この症例のように「経過が合わない」「治療反応が予想と違う」と感じたときこそ、診断をいったん見直すことが大切だと改めて思いました。

クリニックの役割は病気をすべてその場で確定診断することではなく、何かがおかしいと気づき、必要なタイミングで次の医療につなぐことだと感じます。発熱がなくても感染性心内膜炎はあり得ますし、既往に自己免疫疾患があれば、肝機能異常の背景に自己免疫性肝炎が隠れていることもあります。日々の診療の中で、「この経過は本当に一つの病気だけで説明できるのか」と問い直す姿勢を持ち続けたいと思わせる症例でした。

抄読会は貴重な学びの機会です。


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