疾患解説

【人名がついた医療シリーズ 第3回】井上バルーン――1人の臨床医が世界の弁膜症治療を変えた

循環器内科の世界には、人の名前がそのまま病名や治療法、医療器具の名前として残っているものがたくさんあります。好評のこのシリーズでは、前々回にブルガダ症候群、前回に高安動脈炎を取り上げました。「高安動脈炎」「川崎病」「Brugada症候群」「WPW症候群」などが、人名のついた病名(エポニム)の代表です。

しかし今回は「病名」ではありません。日本人医師の名前が、そのまま世界中で使われる医療器具の名前になった例をご紹介します。その名は――Inoue balloon(井上バルーン)。開発したのは、日本人の心臓血管外科医、井上寛治(いのうえ・かんじ)先生です。しかも井上先生は、京都大学医学部の卒業生です。

私にとって井上先生は、単に「医学史に登場する偉大な先生」ではありません。実際にご指導や助言をいただき、診療や手技を通じてお世話になった、知人であり恩人でもある先生です。今回はいつもの医学解説とは少し趣向を変えて、僧帽弁狭窄症の治療を大きく変えた「井上バルーン」がどのように生まれたのか、そして井上先生という医師についてご紹介したいと思います。

そもそも「僧帽弁狭窄症」とは?

心臓には4つの弁があります。そのうち、左心房と左心室の間にあるのが僧帽弁(mitral valve)です。僧帽弁狭窄症では、この弁の開きが悪くなります。特に昔は、リウマチ熱をきっかけとするリウマチ性僧帽弁狭窄症が多くみられました。

弁が狭くなると、左心房から左心室へ血液が流れにくくなり、左心房の圧が上昇します。その結果、息切れ・呼吸困難・心房細動・肺高血圧・心不全・血栓塞栓症などを起こすことがあります。重症になれば、何らかの方法で狭くなった僧帽弁を広げなければなりません。

かつては「胸を開いて治す」のが当たり前だった

現在では、カテーテル治療は循環器診療の日常です。狭心症ならPCI、大動脈弁狭窄症ならTAVI。「胸を開かずに心臓を治療する」という考え方を、患者さんも普通に耳にする時代になりました。しかし、今から40〜50年前は状況がまったく違い、僧帽弁狭窄症の治療の中心は外科手術でした。

そこで井上先生は考えます。「胸を開かずに、カテーテルで僧帽弁を広げられないだろうか?」と。現在から振り返れば自然に思える発想かもしれません。しかし、まだ現在のようなカテーテル治療が確立していなかった時代です。しかも僧帽弁は心臓のかなり奥にあり、静脈から入れたカテーテルは、静脈 → 右心房 → 心房中隔を越える → 左心房 → 僧帽弁というルートを通らなければなりません。そして、ただバルーンを膨らませればよいわけでもありません。狭くなった僧帽弁のちょうどよい位置でバルーンを安定させ、癒着した交連を開く必要がある。言葉で書くほど簡単なことではありません。

井上先生が考えた「不思議な形のバルーン」

ここで、井上先生の発明の核心が登場します。普通の風船なら、空気を入れると全体がほぼ同時に膨らみます。しかし井上バルーンは違います。内部がナイロン製のマイクロメッシュで補強されており、膨らませていくと形が段階的に変化する(3段階に変わる)よう設計されているのです。

この仕組みが実に巧妙です。

  1. まずバルーンの先端側が膨らむ。これで、左心室側から簡単には抜けにくくなる。
  2. 次に根元側が膨らむ。すると、バルーンが僧帽弁口を挟むような形で安定する。
  3. そして最後に中央部分まで膨らみ、狭くなった僧帽弁の交連を開く。

つまり、「弁の位置を自分でつかまえてから、最後に弁を広げる」ような構造になっているわけです。非常にシンプルに見えて、実によく考えられています。

そして1984年、世界に発表される

井上先生らは、この新しい治療法を臨床に応用しました。そして1984年、“Clinical application of transvenous mitral commissurotomy by a new balloon catheter” という論文を、The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery に発表します。

初期報告は、6人の僧帽弁狭窄症の患者さんに対する治療でした。そのうち5人で手技に成功。治療後には僧帽弁を通過する圧較差が有意に低下し、心エコーでも僧帽弁口の拡大が確認されました。現在の巨大な臨床試験から考えれば、わずか6例。しかし、この6例から世界の僧帽弁治療が変わっていきます。

PTMCという治療が誕生する

この方法は、Percutaneous Transvenous Mitral Commissurotomy、略してPTMC(日本語では「経皮経静脈的僧帽弁交連切開術」)と呼ばれるようになります。海外では PMBV(percutaneous mitral balloon valvotomy) などの名称も用いられます。

治療法が世界へ普及していくなかで、井上先生が開発したバルーンは、Inoue balloon として世界中の循環器医に知られるようになりました。日本人にとって「井上」はごく普通の名字です。しかし海外の循環器医が「Inoue balloon」「Inoue technique」と言うとき、それは一つの固有名詞です。日本人医師の名前が、そのまま世界の循環器診療の共通語になったわけです。

「発明」とは、こういうことなのかもしれない

私が井上バルーンを改めて見ていて感じるのは、その発想の美しさです。複雑な機械を作ったのではありません。「どうすれば僧帽弁のところでバルーンを安定させられるか」という臨床上の問題に対して、膨らみ方そのものを工夫することで解決しています。先端が膨らみ、位置が決まり、さらに膨らませ、最後に中央が広がって交連が開く。目的を達成するために、形態そのものを変化させる。 医療機器の発明として、とても美しい設計だと思います。

井上先生は京都大学の大先輩、そして恩人

そして、私にとってもう一つ特別なのが、井上先生が京都大学医学部の大先輩であることです。世界中の循環器医が「Inoue balloon」と呼ぶものを作った先生が、自分と同じ京都大学医学部の先輩である。若い頃から循環器診療に携わってきた私にとって、それだけでも非常に特別な存在です。

しかし私の場合、井上先生とのつながりは「大学の大先輩」というだけではありません。実際に井上先生と接する機会があり、診療や手技についてご指導・ご助言をいただきました。 世界的な医療機器を開発した先生と聞くと、どこか歴史上の人物のように感じるかもしれません。けれど私にとっては、実際に言葉を交わし、診療について教えていただいた先生です。循環器医として経験を積んでいくなかで井上先生から直接いただいた助言や、診療・手技を通じて学ばせていただいた経験は、今でも大切な財産になっています。

なかでも忘れられないのが、井上先生にアフリカ各地やバングラデシュなどへご一緒させていただき、現地での治療をお手伝いする機会をいただいたことです。リウマチ性の僧帽弁狭窄症は、開胸手術の体制が十分に整っていない地域では今も多くの患者さんを苦しめており、開胸せずに弁を広げられる井上バルーンによるPTMCは、そうした地域でこそ大きな力を発揮します。その治療の最前線に、開発者ご本人である井上先生とともに立ち会えたことは、私にとって一生忘れることのできない思い出です。

世界的な発明家でありながら、「臨床医」だった

井上先生と実際に接していて印象に残っているのは、単に「世界的な発明をした先生」というだけではないことです。目の前の患者さんをどう治療するのか。手技をどうすればより安全に、より確実に行えるのか。 そうした臨床医としての視点から考え、助言される先生でした。

これは、井上バルーンという発明そのものにも通じます。「新しい機械を作ってみよう」という発想から始まったというより、「目の前の患者さんを、もっと負担の少ない方法で治療できないか」という臨床上の課題が先にある。そして、その課題を解決するために道具を作る。臨床と発明が切り離されていないのです。実際にご指導を受けた経験があるからこそ、私には井上バルーンが単なる「有名な医療機器」ではなく、一人の臨床医が患者さんを診るなかから生み出した発明のように感じられます。

「そんなものはできない」で終わらせなかった

医学の歴史を振り返ると、現在では当たり前になっている治療も、最初に誰かが始めたときには非常識だったものが少なくありません。心臓の中にカテーテルを入れる。冠動脈をバルーンで広げる。人工弁をカテーテルで心臓まで運ぶ。今では当たり前ですが、それぞれ最初に考えた人がいました。

PTMCも同じです。「僧帽弁狭窄症は手術で治療するもの」という時代に、「それならカテーテルで交連を開けばいい」と考える。そして、考えるだけでなく、実際にそのための器具を作り、臨床で使えるところまで持っていく。医学における本当の innovation とは、こういうことなのだと思います。

日本で生まれ、世界へ

井上バルーンはその後、世界中へ広がりました。PTMC研究所によれば、井上先生が開発した「イノウエ・バルーン」は東レによって製品化されました。海外の医学論文にも、Inoue balloon technique という言葉が当たり前のように登場します。「Inoue」はもはや日本だけで通じる名前ではなく、世界の循環器医に通じる言葉です。前回ご紹介した高安右人先生の「Takayasu arteritis」と同じように、日本人医師の名前が医学の共通語として世界に残った一例といえるでしょう。

PTMCから、TAVI・ストラクチャー治療へ

さらに興味深いのは、その後の循環器治療の流れです。現在では、TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)MitraClipなどによるTEER(経カテーテル僧帽弁接合不全修復術)経カテーテル三尖弁治療など、Structural Heart Intervention(ストラクチャー治療)が急速に発展しています。「開胸手術で治療していた心臓弁膜症を、カテーテルで治療する」という考え方は、いまや循環器医療の大きな潮流です。その歴史を振り返ると、1980年代初頭に日本で生まれたPTMCは、その非常に早い時期の成功例の一つでした。

一人の医師の「工夫」が、世界の標準治療になる

井上バルーンの歴史を知ると、医学の進歩について改めて考えさせられます。最初から巨大な研究プロジェクトだったわけではありません。出発点にあったのは、「この患者さんを、もっと良い方法で治療できないか」という一人の医師の発想でした。その発想から特殊なバルーンが生まれ、臨床応用され、論文となり、やがて世界中へ広がっていった。そして40年以上が経過した現在でも、Inoue balloon という名前が世界の循環器医療の中に残っています。

京都大学の大先輩が生み出した発明であること。そして私自身、その井上先生から直接ご指導をいただいたこと。循環器医として、これほど誇らしく、ありがたいご縁はありません。医療は、新しい薬や巨大な医療機器だけで進歩するものではありません。目の前の患者さんをよく診て、困っていることを見つけ、「もっと良い方法はないか」と考える。 井上バルーンの物語には、そんな臨床医学の原点が詰まっているように思います。これから医療がどれほど進歩しても、この姿勢だけは変わらないのではないでしょうか。

当院で相談できること

医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックは、京都府京都市西京区下津林南大般若町37番地 リペアス下津林2Fにあり、阪急桂駅・JR桂川駅・洛西口駅からお越しいただけるエリアで、一般内科・循環器内科の診療を行っています。

僧帽弁狭窄症をはじめとする弁膜症は、動悸・息切れ・むくみ・疲れやすさなどをきっかけに見つかることがあります。当院では次のような対応を行っています。

  • 心臓の聴診・心電図・心臓超音波(心エコー):弁膜症や心不全のサインがないかを調べます
  • 息切れ・動悸・むくみの相談:症状の背景をていねいに評価します
  • 必要時の専門連携:カテーテル治療(PTMC・TAVIなど)や手術が必要と考えられる場合は、専門医療機関と連携します

「階段や坂道で息が切れる」「動悸がする」「むくみが気になる」といった症状がある方は、どうぞお気軽にご相談・ご予約ください。

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引用文献・参考サイト


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