先日公開した「ブルガダ症候群を発見した『ブルガダ3兄弟』」の記事が、思いのほか多くの方に読んでいただけました。「病気そのものの説明だけでなく、名前の由来や発見の物語が面白い」というお声もいただき、うれしく思っています。そこで、人名(エポニム)がついた病名を取り上げるシリーズとして、これから少しずつご紹介していきたいと思います。第2回の今回は、日本人医師の名前が世界に残った病気――高安動脈炎です。
「高安動脈炎(たかやすどうみゃくえん)」という病気をご存じでしょうか。大動脈や、そこから枝分かれする太い動脈に炎症が起こる、比較的まれな病気です。英語では Takayasu arteritis。そう、「Takayasu」は日本人の名字です。医学には、発見した医師や研究者の名前がそのまま病名になったもの――エポニム(eponym)――がいくつもあります。今回はその中でも、100年以上たった今も世界中の医学書や論文で使われている日本人の名前、高安動脈炎を取り上げます。
そして、この病名の由来となった人物が、高安右人(たかやす・みきと)先生です。

高安動脈炎とは?
高安動脈炎は、心臓から全身へ血液を送り出す「大動脈」と、そこから枝分かれする太い動脈に炎症が起こる病気です。血管の壁に炎症が続くと、血管が狭くなる・詰まる、逆に拡張する・動脈瘤ができるといった変化が起こることがあります。その結果、脳・腕・腎臓・心臓・肺などへの血流に影響が出ます。
特に若い女性に多いことが特徴で、日本を含むアジアで比較的多くみられます。かつては「大動脈炎症候群」、あるいは特徴的な症状から「脈なし病」とも呼ばれていました。現在、日本では「高安動脈炎」という名称が正式に用いられています。
なぜ「脈なし病」と呼ばれるの?
高安動脈炎では、たとえば腕へ向かう鎖骨下動脈などが狭くなることがあります。すると、「右腕では血圧が測れるのに左腕では低い」「片方の手首の脈が弱い」「腕を使っているとすぐ疲れる」といった症状が現れることがあります。
このため、かつてこの病気は「脈なし病(pulseless disease)」とも呼ばれていました。循環器内科では、左右の腕の血圧を測ったり、両方の手首の脈を触ったりしますが、こうした一見単純な診察が診断の糸口になる病気の一つです。
この病気を見つけたのは、循環器内科医ではなく「眼科医」だった
ここからが、今回のシリーズの本題です。高安右人先生は1860年、現在の佐賀県に生まれました。1887年に帝国大学医科大学(現在の東京大学医学部)を卒業。翌1888年に金沢へ赴任し、眼科医として診療・研究を行います。その後ドイツ留学を経て、金沢の医学校の校長、さらに1923年には金沢医科大学(現在の金沢大学医学部につながる学校)の初代学長となった人物です。
つまり高安先生は、循環器内科医でも血管外科医でもありません。眼科医でした。ここが高安動脈炎発見の面白いところです。
1905年、一人の22歳女性が眼科を受診する
高安先生のもとを、一人の若い女性が受診しました。22歳の女性で、両眼の視力が徐々に低下していました。高安先生が眼底を観察すると、非常に奇妙な血管の変化がありました。網膜の血管が視神経乳頭の周囲で枝分かれし、互いにつながって、まるで輪のような構造を作っていたのです。のちに「花冠状吻合(かかんじょうふんごう)」と表現される、特徴的な所見です。
高安先生はこの患者さんを長期間観察し、1908年4月、第12回日本眼科学会総会で、「奇異なる網膜中心血管の変化の一例」として報告しました。今から100年以上前のことです。
学会発表の会場で、物語が大きく動く
実は、高安先生が最初から「これは大動脈の炎症による全身の病気だ」と考えていたわけではありません。報告したのは、あくまで眼底にみられた不思議な血管の変化でした。
ところが、この発表を聞いていた眼科医の大西克知(おおにし・かつとも)先生が、「私も似たような眼底所見の患者を診たことがある」と追加報告します。そして、その患者さんには重要な特徴がありました。両側の橈骨動脈の脈が触れなかったのです。橈骨動脈とは、私たちが手首で「脈」を触る血管です。
つまり、「特徴的な眼底所見」+「腕の脈が触れない」という二つの現象が、学会の場でつながりました。一人の医師がすべてを発見したというより、高安先生が提示した一例をきっかけに、複数の医師の観察がつながって、一つの疾患概念が形づくられていったのです。医学の歴史として、とても興味深いエピソードだと思います。

たった「1例」の症例報告が、世界的な病名になった
現在の医学では、大規模な臨床試験や、何万人ものデータを解析する研究が重視されます。もちろん、それらは非常に大切です。しかし高安動脈炎の歴史を見ると、医学の出発点にはしばしば、「目の前の一人の患者さんに起きている、何かおかしな現象」があります。
高安先生が報告したのも、最初はたった1例でした。もし「珍しい症例だから」「よく分からないから」と報告しなかったら、Takayasu という名前が世界の医学史に残ることはなかったかもしれません。金沢大学眼科学教室も、高安病発見100周年に際して、一例の報告が新しい疾患の発見につながったことから、症例報告の重要性をあらためて紹介しています。若い医師にとっても、示唆に富む話です。

高安先生は、大学を辞めた後「町のお医者さん」になった
個人的に好きなのが、高安先生のこの経歴です。1924年、高安先生は大学を退官しました。初代学長まで務めた人物ですから、名誉職として悠々自適に暮らしてもおかしくありません。ところが高安先生はその後、金沢市内で眼科医院を開業しています。
つまり、大学教授 → 大学病院長 → 医学校長 → 大学学長 → 開業医、という経歴です。金沢大学眼科学教室には、高安先生の医院の近くに湧き水があり、そこで目を洗うと眼病が治るという逸話まで残っているそうです。もちろん現代医学的に「湧き水で眼病が治る」とは言えませんが、それだけ地域の人たちから「高安先生のところへ行けば何とかしてもらえる」と信頼されていたことを感じさせるエピソードです。大学を退官した後も地域で患者さんを診続けたという歩みには、同じ開業医としてちょっと親近感を覚えます。
高安動脈炎では、どんな症状が出る?
高安動脈炎が難しいのは、初期症状が非常に曖昧なことです。はじめは、発熱・倦怠感・体重減少・関節痛など、「何となく体調が悪い」という症状だけのこともあります。その後、血管の狭窄が進むと、炎症を起こした血管の場所によって、次のようにさまざまな症状が現れます。
- 腕の症状:腕が疲れやすい、左右で血圧が違う、片方の脈が弱い
- 頭・脳への症状:めまい、立ちくらみ、失神、頭痛など
- 心臓への影響:大動脈弁閉鎖不全症や冠動脈の病変を起こすことがある
- 腎臓への影響:腎動脈が狭くなると、高血圧の原因になることがある
- 肺への影響:肺動脈にも病変が及ぶことがある
「若い女性の高血圧」が診断のきっかけになることも
循環器内科として特に注意したいのが高血圧です。たとえば20〜30歳代の若い女性で、「健康診断で血圧が高いと言われた」という場合。もちろん、その大部分が高安動脈炎というわけではありません。しかし、
- 左右の腕で血圧がかなり違う
- 片方の脈が弱い
- 首や鎖骨付近で血管雑音が聞こえる
- 炎症反応が続いている
- 腕を使うとすぐ疲れる
といった所見が加われば、高安動脈炎も鑑別(見分けるべき候補)に入れる必要があります。「血圧を測る」という非常に基本的な診察から、まれな病気が見つかることがあるのです。
どうやって診断するの?
高安動脈炎が疑われる場合には、血液検査だけでなく、血管そのものを評価します。現在では、造影CT・MRI/MRA・超音波検査・PET/CTなどを組み合わせて、大動脈やその分枝の炎症・壁肥厚・狭窄・閉塞・拡張などを調べます。
血液検査ではCRPや赤沈などの炎症反応を参考にしますが、炎症反応が必ずしも病気の活動性を完全に反映するとは限りません。そのため、症状・診察所見・血液検査・画像検査を総合して判断することが重要です。

治療は?
治療の中心は、血管に起きている炎症を抑えることです。副腎皮質ステロイドが基本となり、病状によって免疫抑制薬や生物学的製剤などが使われることがあります。また、血管の狭窄が非常に強く、臓器への血流が不足している場合には、病気の活動性を考慮しながら、カテーテル治療や外科的な血行再建術が検討されることもあります。つまり、「炎症を抑える治療」と「血流を守る治療」の両方を考える病気です。
※本記事は医学史・読み物としての一般的な情報提供であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。お薬の開始・変更・中止などは自己判断せず、必ず主治医にご相談ください。
眼科医の観察から始まった「血管の病気」
高安動脈炎の歴史を振り返ると、とても面白いことに気づきます。現在なら高安動脈炎は、循環器内科・膠原病/リウマチ内科・血管外科・放射線科などが連携して診療する「全身の大血管の病気」です。ところが、その入口は、眼科医が患者さんの眼底をじっくり観察したことでした。
1905年、一人の22歳女性の眼底を見た高安右人先生が「これは何だろう?」と思った。1908年、その奇異な血管を学会で報告した。そこに別の医師が「似た患者を診た。その患者は手首の脈も触れなかった」と発言した。その小さな積み重ねが、やがて一つの病気として認識され、100年以上たった今、Takayasu arteritis という名前で世界中の医師に知られています。
医学の進歩は、最新のCTやAIだけから生まれるものではありません。目の前の患者さんを丁寧に診て、「いつもと何か違う」と気づくこと。 高安先生の物語は、そんな医学の原点を教えてくれているように思います。
まとめ――一人の患者さんの「奇異な血管」から始まった物語
高安動脈炎は、大動脈やその太い枝に炎症が起こる、若い女性に多い比較的まれな病気で、かつては「脈なし病」とも呼ばれました。その名前は、日本人眼科医の高安右人先生に由来します。1905年に受診した22歳女性の眼底所見に始まり、1908年の学会報告、大西克知先生による「腕の脈が触れない」という追加報告――小さな観察を“つなげた”ことが発見につながりました。
そして現在、循環器診療では「左右で血圧が違う」「片方の脈が弱い」「若いのに高血圧がある」といった小さなサインが、重要な病気を見つけるきっかけになることがあります。高安先生が100年以上前に一人の患者さんの「奇異な血管」に気づいたように、私たちも日々の診療で、患者さん一人ひとりの小さな変化を大切にしていきたいと思います。当院では今後も、この「人名がついた病名シリーズ」を通じて、病気の解説だけでなく「なぜこの病気が見つかったのか」「なぜこの名前がついているのか」といった医学の裏側も、ときどきご紹介していきます。
当院で相談できること
医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックは、京都府京都市西京区下津林南大般若町37番地 リペアス下津林2Fにあり、阪急桂駅・JR桂川駅・洛西口駅からお越しいただけるエリアで、一般内科・循環器内科・生活習慣病の診療を行っています。
高安動脈炎は決して頻度の高い病気ではありませんが、循環器診療では次のような「小さなサイン」を大切にしています。
- 左右の腕の血圧差・脈の左右差の確認:基本の診察から重要な手がかりが得られます
- 若年の高血圧の相談:若くして血圧が高い場合の原因(二次性高血圧)の見きわめ
- 血液検査・超音波検査ほか:炎症の有無や血管の状態を評価します
- 必要時の専門連携:大型血管炎などが疑われる場合は、専門医療機関と連携します
「左右で血圧が違う」「片方の腕だけ脈が弱い」「若いのに高血圧がある」「腕を使うとすぐだるくなる」「原因不明の炎症が続いている」といったことが気になる方は、どうぞお気軽にご相談・ご予約ください。
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引用文献・参考サイト
- 高安動脈炎(国立循環器病研究センター 病気について)
- 高安右人先生(金沢大学眼科学教室)
- 高安動脈炎(指定難病40)(難病情報センター)
- 高安動脈炎(Takayasu arteritis)(慶應義塾大学病院 KOMPAS)
- 高安動脈炎 Takayasu arteritis(大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学)

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