治療薬

心不全の薬は「心臓の動き方」で変わります

LVEF別にみた慢性心不全治療の考え方

心不全とは、心臓の働きが低下して、全身に十分な血液を送り出しにくくなる状態です。

心不全になると、次のような症状が出ることがあります。

  • 坂道や階段で息切れする
  • 足がむくむ
  • 体重が急に増える
  • 横になると息苦しい
  • 夜中に息苦しくて目が覚める
  • だるさが続く

近年、心不全の治療は大きく進歩しています。以前は、利尿薬でむくみを取る治療が中心に考えられがちでしたが、現在では、心臓を守り、心不全による入院を減らし、将来の悪化を防ぐ薬を、患者さんの状態に合わせて組み合わせて使うことが重要になっています。

この記事を書くきっかけとなったのは、英国国立医療技術評価機構、NICEが、**「慢性心不全の診断と管理に関するガイダンス」**を2025年9月に更新し、さらに薬物治療を中心とした要約版を2026年3月11日にBMJで公表したことです。

このNICEのガイダンスでは、心不全を一括りにせず、LVEF、つまり左室駆出率に応じて薬物治療を考えることが整理されています。

LVEFとは、心臓の左心室が1回の拍動でどれくらい血液を送り出せているかを表す数値で、主に心臓エコー検査で調べます。

この記事では、NICEの最新版ガイダンスの内容をもとに、心不全の薬物治療がLVEFによってどのように変わるのか、そして日本の診療で考えるべき点について、患者さん向けにわかりやすく解説します。


LVEFによる心不全の分類

心不全は、LVEFによって大きく3つに分けて考えます。

分類LVEFわかりやすい説明
HFrEF40%以下心臓の収縮力が低下している心不全
HFmrEF41〜49%収縮力が軽度に低下している心不全
HFpEF50%以上収縮力は保たれているが、心臓が硬く広がりにくい心不全

同じ「心不全」でも、心臓の動き方によって、使う薬や治療の優先順位が変わります。


HFrEF:LVEF 40%以下の心不全

LVEFが40%以下の心不全では、心臓の収縮力が低下しています。

このタイプの心不全では、再入院や死亡リスクを減らすことが示されている薬を、できるだけ適切に組み合わせて使うことが重要です。

NICEでは、HFrEFに対して次の4種類の薬を基本治療として推奨しています。

薬の種類主な役割
ACE阻害薬血管を広げ、心臓への負担を減らす
β遮断薬心臓を休ませ、長期的に心臓を守る
MRA余分な水分・塩分やホルモンの悪影響を抑える
SGLT2阻害薬心不全入院を減らす効果が期待される

以前は、1つの薬を少しずつ増やしてから次の薬を追加することが多かったのですが、現在は考え方が変わってきています。

必要な薬を、患者さんの状態に合わせて、できるだけ早い段階から組み合わせて導入することが重視されています。


ARNIはどこで使われるのか?

心不全治療では、ARNIという薬も重要です。

ARNIは、心臓への負担を減らす作用を持つ薬で、日本ではサクビトリル/バルサルタンという薬が使われています。

NICEでは、HFrEFの患者さんに対して、まずACE阻害薬、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬の4剤を基本治療として使用します。

そのうえで、これらを十分に使っても心不全症状が残る場合には、ACE阻害薬をARNIへ切り替えることを考慮するとされています。

また、ACE阻害薬が副作用などで使いにくい場合、血管性浮腫という重い副作用の既往がなければ、ACE阻害薬の代わりにARNIを使うことも選択肢になります。

つまり、NICEではARNIは「言及されていない薬」ではありません。

ただし、NICEの中では、HFrEFの最初の基本セットとしては、まずACE阻害薬を含む4剤が示されており、ARNIは、症状が残る場合の切り替えや、ACE阻害薬が使いにくい場合の選択肢として位置づけられています。

ARNIへ切り替える場合には、ACE阻害薬の最後の内服からARNI開始まで一定の時間をあける必要があります。自己判断で切り替える薬ではなく、医師の管理のもとで使用する薬です。


HFrEFでは「鉄不足」も大切です

心不全では、貧血がなくても体の鉄が不足していることがあります。

鉄が不足すると、疲れやすい、息切れしやすい、歩く距離が短くなるなど、心不全の症状が悪く感じられることがあります。

NICEでは、HFrEFの患者さんでは、以下の血液検査で鉄の状態を確認することを推奨しています。

  • ヘモグロビン
  • フェリチン
  • トランスフェリン飽和度、TSAT

鉄欠乏がある場合には、静脈注射の鉄剤を検討することがあります。

ただし、鉄欠乏性貧血が見つかった場合でも、それをすぐに「心不全のせい」と決めつけるのはよくありません。消化管出血など、別の原因が隠れていないかを確認することも大切です。

日本では、静注鉄剤の保険適用や使用条件が英国と異なるため、実際に使用するかどうかは、貧血の有無、鉄欠乏の程度、症状、保険適用をふまえて判断します。


HFmrEF:LVEF 41〜49%の心不全

LVEFが41〜49%の心不全は、HFrEFとHFpEFの中間にあたります。

このタイプでは、心臓の収縮力が軽度に低下しています。

NICEでは、HFmrEFに対して以下の薬を考慮するとしています。

薬の種類考え方
ACE阻害薬心臓への負担を減らす
β遮断薬心拍数や心臓の負担を調整する
MRA心不全入院を減らす可能性
SGLT2阻害薬心不全入院を減らす効果が期待される

ACE阻害薬が使いにくい場合には、ARBという薬を考慮することがあります。

ここで注意したいのは、NICEではHFmrEFに対してARNIを推奨していないという点です。

NICEでは、HFmrEFにおけるARNIの効果や費用対効果を検討した結果、HFmrEFの推奨薬にはARNIを入れていません。

一方で、日本の心不全診療ガイドラインでは、HFmrEFに対する薬物治療の考え方が一部異なります。日本の実際の診療では、国内のガイドライン、保険適用、患者さんの状態をふまえて判断します。


HFpEF:LVEF 50%以上の心不全

LVEFが50%以上の場合、心臓の収縮力は比較的保たれています。

しかし、心臓が硬くなって十分に広がれないため、息切れやむくみが出ることがあります。

このタイプの心不全は、特に次のような方に多くみられます。

  • 高血圧がある
  • 糖尿病がある
  • 肥満がある
  • 慢性腎臓病がある
  • 心房細動がある
  • 高齢である

NICEでは、HFpEFに対して、MRAとSGLT2阻害薬を考慮するとしています。

薬の種類主な目的
MRA心不全入院を減らす可能性
SGLT2阻害薬心不全入院を減らす効果が期待される

HFpEFについては、NICEの主な薬物治療の推奨にARNIは含まれていません。

つまり、ARNIはHFrEFでは重要な選択肢ですが、HFmrEFやHFpEFでは、NICEの中心的な推奨薬にはなっていません。

HFpEFでは、薬だけでなく、血圧、体重、糖尿病、腎機能、心房細動、睡眠時無呼吸などを総合的に管理することがとても重要です。


薬は「1つずつゆっくり」から「必要な薬を早めに」へ

心不全治療では、以前は「1つの薬を少量から始めて、ゆっくり増やし、十分量になったら次の薬を追加する」という考え方が一般的でした。

しかし、最近は少し考え方が変わっています。

NICEでは、薬の開始順序や増量のペースは、症状、併存疾患、体力、血圧、腎機能、患者さんの希望などをふまえて決めるとしています。

1つの薬を最大量まで増やしてから次の薬を始める必要はなく、必要な薬を早い段階で組み合わせて導入することが重視されています。

これは、心不全では早い段階から必要な薬を組み合わせることで、症状や予後を改善できる可能性があるためです。

ただし、早く始めることと、無理に増やすことは違います。

血圧が低い方、腎機能が低下している方、高齢で体力が落ちている方、ふらつきがある方では、より慎重な調整が必要です。


薬を始めた後は、腎機能とカリウムの確認が大切です

心不全の薬の中には、腎機能や血液中のカリウム値に影響するものがあります。

特に注意する薬は、次の薬です。

  • ACE阻害薬
  • ARNI
  • ARB
  • MRA

NICEでは、これらの薬を使う場合、腎機能と電解質を以下のタイミングで確認することを推奨しています。

タイミング確認すること
薬を始める前腎機能、カリウムなど
開始後1〜2週間腎機能、カリウムなど
増量後1〜2週間腎機能、カリウムなど
安定後3〜6か月ごと
脱水や体調不良時腎機能悪化がないか確認

薬を始めた後に、クレアチニンが少し上がったり、カリウムが少し上がったりすることがあります。

大切なのは、自己判断で薬を中止しないことです。

薬を続けられる範囲か、減量や中止が必要かは、血液検査や症状を見ながら判断します。


β遮断薬を使うときは脈拍にも注意します

β遮断薬は、心臓を守るために非常に重要な薬です。

一方で、心拍数を下げる作用があるため、もともと脈が遅い方や伝導障害がある方では注意が必要です。

β遮断薬を使う前には、心電図や脈拍を確認します。

脈が極端に遅い方、心臓の電気の流れに問題がある方では、β遮断薬を使えるかどうか慎重に判断します。


利尿薬は「むくみを取る薬」、心臓を守る薬とは役割が違います

心不全で足がむくむ、体重が増える、息苦しいときには、利尿薬を使うことがあります。

利尿薬は、体にたまった余分な水分を尿として出し、息切れやむくみを改善する薬です。

ただし、利尿薬は症状を楽にするために大切な薬ですが、心不全そのものの進行を抑えたり、将来の入院を減らしたりする薬とは役割が異なります。

そのため、心不全治療では、

  • むくみや息切れを改善する薬
  • 心臓を長期的に守る薬
  • 再入院を減らす薬
  • 合併症を管理する薬

を組み合わせて考える必要があります。


患者さんに知っておいてほしいこと

心不全の薬が増えると、不安になる方もおられます。

「こんなにたくさん飲んで大丈夫ですか?」
「症状が落ち着いているのに、なぜ薬が必要なのですか?」
「血圧が低いのに薬を飲んでいいのですか?」

こうした疑問はとても自然です。

心不全の薬は、単に今の症状を抑えるだけではなく、将来の心不全悪化や入院を減らす目的で使われます。

ただし、すべての方に同じ薬を同じ量で使うわけではありません。

年齢、血圧、腎機能、カリウム値、糖尿病、腎臓病、心房細動、体力、ふらつきの有無などを見ながら、その方に合った治療を調整します。


こんな症状があれば早めに相談してください

次のような変化がある場合は、心不全が悪化している可能性があります。

  • 数日で体重が急に増えた
  • 足のむくみが強くなった
  • 横になると息苦しい
  • 夜間に息苦しくて目が覚める
  • 階段や歩行で息切れが増えた
  • 食欲が落ちた
  • 尿量が減った
  • 動悸が続く
  • 強いだるさがある
  • ふらつきや失神がある

心不全は、早めに気づいて薬を調整することで、入院を避けられることがあります。


まとめ

心不全の治療は、ここ数年で大きく進歩しています。

大切なのは、LVEFを確認し、心不全のタイプに合った薬を選ぶことです。

LVEFが40%以下のHFrEFでは、ACE阻害薬、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬が基本治療となります。

ARNIはHFrEFで重要な薬ですが、NICEでは、基本治療を行っても症状が残る場合のACE阻害薬からの切り替え、またはACE阻害薬が使いにくい場合の代替薬として位置づけられています。

LVEFが41〜49%のHFmrEFでは、ACE阻害薬、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬を考慮しますが、NICEではARNIは推奨に入っていません。

LVEFが50%以上のHFpEFでは、MRAとSGLT2阻害薬が考慮されます。加えて、高血圧、糖尿病、肥満、腎臓病、心房細動などの管理がとても重要です。

心不全は長く付き合う病気ですが、適切な薬物治療と定期的な検査により、症状を抑え、入院を減らし、日常生活を守ることが期待できます。


参考文献

  1. NICE. Chronic heart failure in adults: diagnosis and management. NICE guideline NG106. Updated 3 September 2025.
  2. Miles LM, Luckham K, Mills J, Mindham R, Taylor CJ, Piper S, et al. Chronic heart failure in adults: diagnosis and management—summary of updated NICE guidance. BMJ. 2026;392:s266. PMID: 41813029
  3. 日本循環器学会/日本心不全学会. 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.

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