疾患解説

【人名がついた医療シリーズ 第12回】ウィルヒョウの三徴――血栓ができる「3つの条件」と、医学を変えた病理学者

長時間の移動のあとに、脚に血のかたまりができる。手術後に、血栓を防ぐための対策を行う。こうした話の背景には、血栓のできやすさを考える基本があります。それが「ウィルヒョウの三徴(さんちょう)」です。

名前の主は、ドイツの医師・病理学者ルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョー(Rudolf Ludwig Carl Virchow, 1821–1902)。日本語では「ウィルヒョウ」「フィルヒョウ」と表記されることもあります。第12回は、血栓の理解に大きな足跡を残した人物と、今も診療に役立つ「3つの視点」を紹介します。

顕微鏡から、病気の見方を変えた人

細胞の図を示し、若い医師たちに病理学を教えるルドルフ・ウィルヒョウのイメージ

ウィルヒョウは1821年、当時のプロイセンのシヴェルバイン(現在のポーランド・シフィドヴィン)に生まれ、ベルリンで医学を学びました。ヴュルツブルクでの研究を経て、1856年にはベルリンの病理学教授となります。[1][2]

彼が医学史に残した大きな仕事の一つが、病気を細胞の変化から理解する「細胞病理学」です。1858年に著書を刊行し、病気を調べるときに、体のどこで、どの細胞に変化が起きているのかを見る考え方を広めました。現在、組織や細胞を調べて診断する病理学につながる大切な歩みです。[1]

「三徴を発見した」という説明には、少し補足が必要です

医学の教科書でおなじみのウィルヒョウの三徴。ただし、現在の3項目を、本人がそのまま一組の原則として提唱したと断定することはできません。医学史の検討では、現在の形の「三徴」が彼の名前と結びついて広く使われるようになったのは、本人の研究よりずっと後だと指摘されています。[3]

一方、彼が静脈の血栓や肺への塞栓を研究し、病気の仕組みの理解を大きく進めたことは確かです。「ウィルヒョウが一度に3つを発見した」と覚えるより、彼が築いた研究の土台に、後の知見が重なって定着した名前と捉えると、医学の歴史がより正確に見えてきます。

ウィルヒョウの三徴――「流れ・壁・血液」

ウィルヒョウの三徴:血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進の模式図

血液は、けがをしたときには固まって出血を止めます。しかし、血管の中で必要のないかたまりができると、血流を妨げる「血栓」になります。そのできやすさに関わる要因を、三徴では次の3つに分けます。[3]

三徴 やさしくいうと 関係する状況の例
血流の停滞(うっ滞) 血液の流れが遅くなる 長い間動かない、病気や手術後の安静、脚の固定
血管内皮の障害 血管の内側を覆う細胞が傷んだり、働きが変わったりする 手術や外傷などによる血管への影響
血液凝固能の亢進 血液がいつもより固まりやすい状態になる がん、妊娠・産後、エストロゲンを含む薬、一部の生まれつきの体質など

これらは代表例で、実際には一つの状況が複数の要因に関係します。たとえば手術後は、組織への影響に加え、動く時間が減ることもあります。要因が重なるほど危険が高まる場合があるため、全体を見て予防を考えます。[4]

「三徴」は3つの症状という意味ではなく、血栓ができやすくなる3つの要因です。3つすべてがそろわなければ血栓ができない、という意味でもありません。

脚の血栓が、なぜ肺の病気につながるの?

脚などの深い場所にある静脈に血栓ができる病気を、深部静脈血栓症(DVT)といいます。静脈は、全身から心臓へ血液を戻す血管です。

その血栓の一部がはがれると、血流に乗って心臓の右側を通り、肺へ向かう動脈に詰まることがあります。これが肺血栓塞栓症(肺塞栓症、PE)です。呼吸や循環に大きな影響を与え、命に関わることがあります。両者をまとめて「静脈血栓塞栓症(VTE)」と呼びます。[5][6]

ここでいう「血栓」は血管の中でできたかたまり、「塞栓」は流れてきたものが血管をふさぐことを指します。脚の問題と肺の問題は、血液の流れでつながっているのです。

飛行機だけの病気ではありません

「エコノミークラス症候群」という名前から、飛行機の狭い座席だけを思い浮かべるかもしれません。しかし、車・バス・列車での長時間の移動でも、脚を動かさない状態が続けば注意が必要です。長距離移動による血栓の危険は一般には小さいものの、血栓の既往や最近の手術など、ほかの要因が重なる方では対策の相談が大切になります。[7]

また、入院や療養で長く動けない場合にも予防が重要です。「水分を飲んだから大丈夫」「若いから起こらない」と一つの条件だけで判断せず、自分に関係する要因を知っておきましょう。

片脚の腫れと、突然の息苦しさを見逃さない

深部静脈血栓症では、片側の脚の腫れ、痛み、赤み、熱っぽさなどがみられます。ただし、症状が目立たないこともあります。片脚が急に腫れた、理由のわからない痛みが続くときは、早めに医療機関へ相談してください。[5][6]

突然の息苦しさ、胸の痛み、失神などが起きた場合は、肺塞栓症を含む緊急の病気が考えられます。予約や通常の外来受診を待たず、119番で救急要請してください。自分で車を運転して受診しないでください。脚に症状がなくても肺塞栓症が起こる場合があります。[6]

三徴を知ると、予防の意味がわかる

座りっぱなしを避ける・足首運動・適切な水分補給と、肺塞栓症を疑う症状の受診目安

日常の予防では、長時間同じ姿勢を続けないことが基本です。移動中は安全に歩けるときに休憩を取り、座っている間も足首を上下に動かして、ふくらはぎの筋肉を使いましょう。これは「血流の停滞」への対策です。[7]

脱水を避けるため、適切な水分補給も心がけます。ただし、心不全や腎臓病などで水分量の指示がある方は、主治医の指示を優先してください。水分補給だけで血栓を完全に防げるわけではありません。[8]

過去に血栓ができた方、がん治療中の方、最近手術を受けた方などは、長距離移動や入院の前に予防方法を相談しましょう。弾性ストッキングや抗凝固薬などの必要性は、人によって異なります。自己判断で薬を始めたり、処方薬を中断したりせず、医師の指示に従ってください。[4][7]

なお、ここで紹介する運動は、症状のないときの一般的な予防です。すでに脚の急な腫れや息苦しさがある場合は、運動で様子を見ず、受診を優先してください。

細胞だけでなく、人が暮らす社会にも目を向けた

ウィルヒョウの関心は、顕微鏡の中にとどまりませんでした。1848年には上シレジアの発疹チフス流行を調査し、人々の生活環境や社会のあり方にも目を向けました。のちに政治にも携わり、ベルリンの下水道整備や公立病院、健康に関する統計などの改善に取り組んでいます。[1][2]

病気を小さな細胞から調べることと、人々が病気になりにくい環境を整えること。その両方に関心を向けた人物だったのです。

ウィルヒョウの三徴を「流れ・壁・血液」と覚えると、なぜ安静が続くときに対策が必要なのか、なぜ人によって予防方法が違うのかが見えてきます。人名のついた医学用語は、昔の研究と、今日の私たちの健康を結ぶ手がかりでもあります。

当院でのご相談について

京都市西京区・桂川・桂・洛西口エリアの桂川さいとう内科循環器クリニックでは、循環器の病気や気になる症状についてご相談いただけます。血栓の既往や服用中のお薬がある場合は、受診時にお知らせください。

突然の息苦しさ、胸痛、失神があるときは、当院の予約を待たず119番へご連絡ください。

※本記事は一般的な医学情報と医学史の紹介です。個別の診断・治療は医師にご相談ください。歴史上の人物の挿絵はイメージであり、記録写真ではありません。

人名がついた医療シリーズ バックナンバー

引用文献・参考サイト

  1. ドイツ歴史博物館:Rudolf Virchow(略歴)
  2. ドイツ歴史博物館:Rudolf Virchow(病理学と公衆衛生への貢献)
  3. Bagot CN, Arya R. Virchow and his triad: a question of attribution. Br J Haematol. 2008;143:180–190.
  4. CDC:Risk Factors for Blood Clots
  5. 日本血管外科学会:深部静脈血栓症って?
  6. CDC:About Venous Thromboembolism (Blood Clots)
  7. CDC:Understanding Your Risk for Blood Clots with Travel
  8. 厚生労働省:エコノミークラス症候群の予防のために

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