これまでにお届けした「人名がついた病名シリーズ」――第1回のブルガダ症候群、第2回の高安動脈炎、第3回の井上バルーンは、思いのほか多くの方に読んでいただけました。「病気の説明だけでなく、名前の由来や発見の物語がおもしろい」というお声もいただき、とてもうれしく思っています。第4回の今回は、日本人の名字がそのまま世界共通の病名になった、もうひとつの代表例――川崎病(Kawasaki disease)を取り上げます。
「Kawasaki」と聞くと「川崎市で見つかった病気?」と思われる方もいますが、これは地名ではなく、一人の日本人小児科医の名字です。そして『子どもの病気』というイメージが強いこの病気は、実は私たち循環器内科にとっても、とても大切な病気です。その理由は、川崎病になった10年、20年、30年後の冠動脈(心臓を養う血管)にあります。
川崎病と「川崎」という名前について
川崎病は、主に4歳以下の乳幼児に起こる原因不明の全身性血管炎で、日本では今も毎年多くのお子さんが発症しています。名前の由来となったのは、小児科医の川崎富作(かわさき・とみさく)先生(1925年、東京生まれ)。日赤中央病院(現在の日本赤十字社医療センター)小児科に勤めていた1961年、それまで見たことのない症状の4歳の男の子を診察し、「こんな病気は見たことがない」と気づいたことが、すべての始まりでした。川崎先生は翌年以降、似た患者さんを一人ずつ記録し、1967年に50例をまとめて報告。やがてこの病気は海外にも広まり、報告者の名から Kawasaki disease と呼ばれるようになりました。
京都市西京区・桂川・桂・洛西口エリアで暮らす皆さんにとっても、川崎病は決して遠い話ではありません。お子さんの病気としてはもちろん、「子どもの頃に川崎病になった」大人が、何十年か後に胸の痛みで循環器内科を受診することがあるからです。
川崎病とは?――全身の血管に炎症が起こる病気
川崎病は、全身のさまざまな血管に炎症が起こる病気です。原因はいまも完全には解明されていません。代表的な症状として、次のようなものがあります。
- 発熱(数日続く高い熱)
- 両目の充血(目やにを伴わない赤み)
- 唇が赤くなる・ひび割れる、いちご舌
- 発疹(体のあちこちに出る)
- 手足の赤みや腫れ、回復期には指先からの皮むけ
- 首のリンパ節の腫れ
乳幼児では、BCG接種を受けた部位が赤くなるという、川崎病に比較的特徴的なサインがみられることもあります。これらの症状がそろうと川崎病が強く疑われますが、すべてがそろわない「非定型」のケースもあり、診断は小児科で慎重に行われます。
ただ、私たち循環器内科医が川崎病と聞いて特に気にするのは、こうした目に見える症状そのものではありません。心臓を栄養している「冠動脈」に炎症が起こることがある――ここがこの病気のいちばん重要なポイントです。
なぜ循環器内科が川崎病を大切にするのか――「冠動脈瘤」という後遺症
冠動脈は、心臓の筋肉そのものに酸素と栄養を届ける、直径2〜4mmほどの細い血管です。川崎病では、この冠動脈の壁に炎症が起こることがあります。炎症で血管の壁が傷つくと、そこが風船のように膨らんで冠動脈瘤(かんどうみゃくりゅう)を形成することがあります。
そして重要なのは、熱が下がって元気になっても、冠動脈では長い時間をかけて変化が続くことがあるという点です。冠動脈瘤の中に血栓(血のかたまり)ができたり、血管が狭くなったり、血管の壁に強い石灰化が起こったりします。冠動脈瘤そのものが時間とともに小さくなり、一見すると正常に近く見える場合もありますが、「瘤が小さくなった=血管が完全に元通りになった」とは限りません。何年、何十年という時間を経て、狭心症や心筋梗塞として現れることがあるのです。
カテーテル室で出会う「若い狭心症」
ここで少し、循環器内科医としての経験をお話しします。大学病院などで心臓カテーテル検査をしていた頃、毎日のように狭心症や心筋梗塞の患者さんを診ていました。一般的な狭心症は、50代・60代・70代と年齢が上がるにつれて増えます。高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などが長年積み重なり、冠動脈の動脈硬化が進むためです。
ところが、ときどき「ずいぶん若いな」と思う患者さんがいらっしゃいます。30代や40代。通常の動脈硬化だけでは少し説明しにくい年齢です。冠動脈造影をしてみると、一般的な動脈硬化とはどこか様子が違う。冠動脈の一部が大きく膨らんでいたり、その前後が狭くなっていたりする。冠動脈CTでは、若いのに非常に強い石灰化がみられる。病歴を詳しくうかがうと、「子どもの頃に川崎病になりました」という方が含まれています。
つまり川崎病は、私にとって小児科の教科書の中だけの病気ではなく、何十年もたって、成人のカテーテル室で再び出会うことのある病気なのです。だからこそ、若い方の胸痛では「なぜこの年齢で?」と一歩踏み込んで考えることを大切にしています。
1961年、一人の4歳の男の子から始まった
ここからが、今回のシリーズの本題です。川崎富作先生は千葉医科大学附属医学専門部を卒業し、日赤中央病院の小児科に勤めていました。1961年1月、川崎先生の前に、高熱・両眼の充血・いちご舌・全身の発疹・手足の腫れ、そして回復期に指先の皮がむける、というそれまで見たことのない症状を示す4歳3か月の男の子が現れます。
すでに多くの子どもを診てきた小児科医でも、「これは今までの病気とは何か違う」と感じた。既存の感染症を考えても、どうもしっくりこない。もしこの男の子一人だけだったら、「珍しい症例だった」で終わっていたかもしれません。ところが翌1962年、よく似た子どもがまたやってきます。ここで川崎先生は、「これは、あの子と同じ病気ではないか」と考えました。
そして似た特徴を持つ患者さんを、一人、また一人と記録していきます。5例、10例、20例、そして50例。1967年、川崎先生は50人の患者さんをまとめ、「指趾の特異的落屑を伴う小児の急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群」として報告しました。これが現在の川崎病につながる原著です。
最初は「心臓の病気」だとは思われていなかった
ここも川崎病の歴史のおもしろいところです。川崎先生が最初に注目したのは、発熱・目・唇・舌・発疹・リンパ節・手足の皮むけという、全身に現れる症状の組み合わせでした。発見された当初は、熱が下がって元気になる子どもも多かったため、むしろ予後のよい病気ではないかと考えられていたのです。
ところがその後、この病気と考えられる子どもの突然死が問題になります。調べてみると、心臓の冠動脈に大きな動脈瘤ができ、その中に血栓ができて冠動脈が詰まり、心筋梗塞を起こしている――そうした症例が見つかりました。こうして「この病気は心臓に重大な後遺症を残すことがある」ことが明らかになっていきます。小児科で見つかった不思議な発熱性の病気が、実は冠動脈を侵す全身性血管炎だったのです。
「川崎病」は、川崎先生自身がつけた名前ではない
1967年の最初の論文には「川崎病」とは書かれていません。当初は「急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群」、英語では Mucocutaneous Lymph Node Syndrome(MCLS) などと呼ばれていました。ところが、この病気が海外でも知られるようになるにつれて、最初に体系的に報告した川崎富作先生の名前から、自然と Kawasaki disease という呼び方が定着していきました。第1回のブルガダ症候群、第2回の高安動脈炎と同じく、一人の医師の名字が、そのまま世界共通の医学用語になったのです。
川崎病の治療は?
現在の川崎病では、急性期の炎症をできるだけ早く抑え、冠動脈瘤をつくらせないことが最も重要です。治療の中心となるのが、免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)です。アスピリンなども併用され、重症度や治療への反応によっては、ステロイドや他の追加治療が検討されることもあります。
そして急性期を乗り越えたあとに大切なのが、冠動脈に後遺症が残っていないかを確認することです。心エコー(心臓超音波)などで冠動脈を評価し、冠動脈瘤ができた場合には、その大きさや状態に応じて、抗血栓薬の内服や運動の管理を含めた長期的なフォローが必要になります。つまり川崎病は、「熱が下がったら終わり」ではなく、その後の心臓を見守っていく病気なのです。なお、こうした治療やフォローの方針は自己判断で決めるものではなく、必ず主治医と相談しながら進めます。
医学的背景――「若いのに冠動脈が石灰化している」というサイン
例えば30代・40代の方が胸痛で受診し、冠動脈CTを撮ると「この年齢にしては石灰化がずいぶん強い」「冠動脈に瘤のような形が残っている」ことがあります。こういうとき、高血圧・糖尿病・喫煙・家族性高コレステロール血症といった一般的な原因を考えるだけでなく、「子どもの頃、川崎病になったことはありませんか?」とうかがうことが大切になります。
乳幼児期のことですから、患者さんご自身が覚えていないことも少なくありません。ご両親に確認して初めて分かることもあります。小児期の病歴が、数十年後の冠動脈疾患の診断につながる――これも循環器診療の奥深いところです。第2回でご紹介した高安動脈炎が「左右の血圧差」という基本の診察から見つかることがあるように、川崎病もまた、過去の病歴という“見えにくい手がかり”を大切にすることで、はじめて背景が見えてくる病気なのです。
日常生活で気をつけたいポイント
- お子さんの「川崎病になった」記録を残す……母子健康手帳や診療情報提供書などに、発症時期・冠動脈瘤の有無・治療内容を分かる範囲で控えておきましょう。将来の心臓の評価にとって、とても大切な情報になります。
- 大人になっても病歴を主治医に伝える……「子どもの頃に川崎病になった」「冠動脈瘤があると言われた」という方は、成人後の受診時にその情報を必ず医師に伝えてください。ご家族が代わりに把握しておくのも有効です。
- 一般的な生活習慣病の予防も大切に……高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙は、川崎病の有無にかかわらず冠動脈に負担をかけます。バランスのよい食事・適度な運動・禁煙は、心臓を守る基本です。
- 「若いから大丈夫」と胸の症状を放置しない……年齢が若くても、胸痛・動悸・息切れが続くときは早めに相談してください。
- フォロー中の方は自己判断で通院・服薬をやめない……冠動脈瘤に対する抗血栓薬などを飲んでいる方は、調子がよくても自己判断で中断せず、主治医と相談を続けてください。
受診の目安
- 胸の痛み・圧迫感、動悸、息切れなどが続く、または繰り返すとき
- 「子どもの頃に川崎病になった」「冠動脈瘤があると言われた」経過があり、心臓の状態を一度きちんと確認したいとき
- 健診・人間ドックの心電図で異常を指摘され、不安があるとき
- お子さんで、高い熱が数日続き、目の充血・唇の赤み・発疹・手足の腫れなどが重なるとき(この場合はまず小児科を受診してください)
なお、強い胸の痛みが安静にしても続く・冷や汗を伴う・意識が遠のくといった場合は、心筋梗塞など緊急の病気の可能性があります。ためらわずに救急要請(119番)を含めた早急な対応をご検討ください。
まとめ――子どもの病気が、何十年後に「循環器の病気」になる
川崎病は、1961年の一人の小児科医の「何かおかしい」という気づきから始まり、世界共通の病名になりました。『子どもの病気』というイメージが強い一方で、冠動脈瘤という形で何十年も後の心臓に影響することがある、循環器内科にとっても重要な病気です。
小さな子どもの頃に川崎病になる。冠動脈に炎症が起こる。冠動脈瘤ができる。その子が成長し、大人になる。そして何十年後、胸が痛くなって受診し、検査で冠動脈の狭窄や強い石灰化が見つかる――そこで初めて、小児期の川崎病と現在の狭心症が一本の線でつながることがあります。1961年の4歳の男の子と、何十年後の成人循環器診療は、一見別の世界のようでいて、実は同じ冠動脈の物語なのです。過去の病歴を大切にし、気になる症状は早めに相談すること。それが、将来の心臓を守る一歩になります。
※本記事は医学史・読み物としての一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。お薬の開始・変更・中止や検査に関することは自己判断せず、かかりつけ医・主治医にご相談ください。
当院で相談できること
医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックは、京都府京都市西京区下津林南大般若町37番地 リペアス下津林2Fにあり、阪急桂駅・JR桂川駅・洛西口・桂川エリアからお越しいただけます。一般内科・循環器内科・生活習慣病の診療を行っています。
川崎病そのものの急性期治療は小児科・専門医療機関が担いますが、「子どもの頃に川崎病になった大人の方」については、循環器内科として次のような形でお役に立てます。
- これまでの経過をふまえた問診:発症時期・冠動脈瘤の有無・治療歴をうかがい、今後の見守り方を一緒に考えます
- 心電図・心臓超音波(心エコー):心臓の動きや負担を確認します
- 胸痛・動悸・息切れの評価:若い方の胸の症状でも「なぜこの年齢で?」と背景まで考えます
- 生活習慣病の管理:高血圧・糖尿病・脂質異常症など、冠動脈に負担をかける要因をコントロールします
- 必要時の専門連携:冠動脈瘤の精密評価や高度な検査が必要な場合は、専門医療機関と連携します
「子どもの頃に川崎病と言われた」「冠動脈瘤があると聞いたことがある」「若いけれど胸の症状が気になる」という方は、どうぞお気軽にご相談・ご予約ください。
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