2026年7月17日
「この夏、体重が2kgくらい減ったんですよ。暑いとあんまり食べられなくて」
診察室でそう話される方は、たいてい少し嬉しそうです。健診で「体重を落としましょう」と言われ続けてきた方ならなおさら。でも、私たちが身構えるのはこの瞬間です。夏に減った体重は、脂肪ではなく筋肉かもしれないからです。
この記事では、夏に進みやすいサルコペニア(加齢に伴う筋肉の減少)について、原因のしくみ・10秒でできるセルフチェック・食事の目安・そして椅子に座ったままできる運動療法まで、公的機関やガイドラインの情報をもとに解説します。
この記事でわかること
- 夏に筋肉が落ちるしくみ(サルコペニアの悪循環)
- 高齢期は「メタボ対策」から「フレイル予防」へ
- 10秒でできる指輪っかテスト
- たんぱく質は1日に両手いっぱい
- 運動療法:椅子でできるレジスタンス運動
- よくあるご質問(FAQ)
- まとめ・受診の目安
夏に筋肉が落ちるしくみ──サルコペニアの悪循環
喉ごしのいい食事から、たんぱく質が消えていく
暑さで食欲が落ちると、減るのは食事の量だけではありません。そうめん、冷やし中華、アイス、冷たい飲み物。喉ごしのいいものばかりになり、肉や魚、卵といったたんぱく質が食卓から静かに姿を消していきます。
たんぱく質は筋肉の材料です。材料が入らないまま体が動けば、体は自分の筋肉を分解してやりくりを始めます。しかも夏は暑くて外に出ない。使わない筋肉はさらに落ちます。
サルコペニアとは
こうして筋肉の量と力が減っていく状態を、サルコペニア(ギリシャ語の「サルコ=筋肉」+「ペニア=減少」)といいます。国立長寿医療研究センターは、高齢の方のサルコペニアの背景に「総たんぱく質摂取量の不足」があること、そして低栄養が衰弱・免疫力の低下・骨のもろさ・転びやすさへと連鎖していくことを指摘しています。
「骨のもろさ」と「転びやすさ」が同時に進むのが、この状態のいちばん怖いところです。骨密度については、当院ブログの『あしたが変わるトリセツショー』観ましたか? 骨粗鬆症と“骨卒中”を約10分の骨密度検査(MD法)でチェックもあわせてご覧ください。
一度回り出すと止まらない「悪循環」
やっかいなのは、この連鎖が輪になっていることです。
筋肉が減る → 動くのがおっくう → 活動量が減る → お腹がすかない → もっと食べない → さらに筋肉が減る
これが「サルコペニアの悪循環」です。夏の3か月は、この輪を回すのに十分な長さがあります。
高齢期は「メタボ対策」から「フレイル予防」へ
東京都医師会は、高齢期のBMI(体格の指標)は中年期以前と異なり、少し高めのほうが栄養状態や死亡率の統計からみてちょうどよいことがわかってきた、として、「メタボ対策」から、しっかり食べて栄養状態を保つ「フレイル予防」へ考え直しましょう、と呼びかけています。
フレイルとは、心と体の働きが弱ってきた状態。健康と要介護のちょうど途中で、気づいて手を打てば戻せる可能性がある──それがフレイルという考え方の希望です。
体重を減らすことがゴールだった時期は、どこかで終わります。50代60代までのアクセルを、70代でもそのまま踏み続けていないか。夏はそれを見直すのにいい季節です。
もちろん、高血圧や糖尿病、脂質異常症(高コレステロール)といった生活習慣病の管理が不要になるわけではありません。「治療は続けつつ、栄養は削らない」──この両立が高齢期のポイントで、そのさじ加減こそ、かかりつけ医と一緒に決めていただきたい部分です。
10秒でできるセルフチェック「指輪っかテスト」
東京都医師会や東京大学が広めている「指輪っかテスト」をご紹介します(図1)。
- 両手の親指と人差し指で輪っかを作る
- 利き足でないほうのふくらはぎの、一番太いところを軽く囲む
| 結果 | 判定 |
|---|---|
| 囲めない | まずまず |
| ちょうど囲める | 少し注意 |
| 隙間ができる | サルコペニアの可能性が高まる |
椅子に座ったまま10秒でできます。去年の夏より隙間が広がっていないか──そこが一番の見どころです。

📄 ストップフレイル「フレイルを予防して健康寿命をのばしましょう」(PDF・東京大学 飯島勝矢教授監修)
食事療法:たんぱく質は「1日に両手いっぱい」が目安
サルコペニア対策には、1日に体重1kgあたり1.2〜1.5g程度のたんぱく質が必要とされています(サルコペニア診療実践ガイド)。体重60kgの方なら72〜90g。なかなかの量です。
グラム計算はしんどいので、長寿科学振興財団の「手ばかり栄養法」を。肉・魚・卵・大豆製品・乳製品を、1日で両手にのるくらい——これが理想量のイメージです。コツは3つ。
- 3食に分けて均等に。 朝と昼はたんぱく質が抜けがち。朝に卵1個、昼にツナ缶や豆腐を足すだけで景色が変わります。
- 喉ごし料理に「ちょい足し」。 そうめんに卵と豚しゃぶ、冷や奴に鰹節としらす。麺類を敵にする必要はありません、乗せればいいのです。
- たんぱく質だけに偏らない。 肉・魚介・卵・牛乳・大豆製品・緑黄色野菜・海藻・果物・いも類・油脂の10グループをまんべんなく食べている人ほど、筋肉の量と働きが保たれやすいと報告されています。
運動療法:椅子でできるレジスタンス運動
食べても筋肉を使わなければ、材料は活かされません。栄養と運動はセットです。ここが今日いちばんお伝えしたいところです。
運動と生活習慣病全般の関係については、当院ブログの運動で生活習慣病を改善!筋力トレーニングと有酸素運動を解説で詳しく解説しています。本記事はその「筋トレ」の部分を、夏・高齢期・サルコペニアという切り口で掘り下げたものです。
なぜ「筋トレ」なのか
サルコペニア診療ガイドライン2017年版では、サルコペニアの予防・治療に運動を行うことが推奨されています。なかでも有用と考えられているのがレジスタンス運動(いわゆる筋トレ)で、筋肉の力・機能・量の改善効果が示されています。さらに、日常生活の基本的な動作能力を改善させ、転倒を予防する効果も報告されています。
「歩いているから大丈夫」と思われがちですが、散歩だけでは筋肉への刺激としては物足りません。歩く(有酸素運動)と、筋肉に負荷をかける(レジスタンス運動)は、役割が別なのです。
狙うのは「抗重力筋」
サルコペニア対策では、抗重力筋を鍛えることが重要になります。抗重力筋とは、重力に抗って直立を保つために必要な筋肉のこと。体幹や脚の大きな筋肉が含まれ、加齢に伴って小さくなりやすく、日常生活への影響が大きい筋肉です。
なかでも重要なのが、太ももの前面(大腿四頭筋)とお尻(大殿筋)。立つ・歩く・階段を上る・転ばずに踏みとどまる──すべてこの2つが主役です。
① 腿上げ運動(大腿四頭筋)
暑い日でも、クーラーの効いた部屋で椅子に座ったままできます。
- 椅子に座り、両脚を前に投げ出す
- 片脚ずつ、3秒かけてゆっくり持ち上げる
- 3秒かけてゆっくり下ろす
- 片脚ずつ10回繰り返す
ポイントは「ゆっくり」。反動をつけて速く動かすと、筋肉への刺激が逃げてしまいます。
② 空気椅子(大腿四頭筋+大殿筋)
太ももの前面とお尻を、同時に鍛えられます。
- 椅子から立ち上がろうとして、お尻が座面から浮いた位置で静止する
- まずは10秒間キープ。できそうなら少しずつ時間を延ばす
- これを3回繰り返す
ふらつきが心配な方は、テーブルや椅子の背に手を添えて。転倒予防が最優先です。
週にどのくらい?──国のガイドラインの目安
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」推奨シート:高齢者版は、高齢者について次の目安を示しています。
| 項目 | 推奨 |
|---|---|
| 身体活動 | 3メッツ以上を週15メッツ・時以上(歩行など1日40分以上=約6,000歩) |
| 多要素な運動 | 筋力・バランス・柔軟性など、週3日以上 |
| 筋力トレーニング | 週2〜3日(多要素な運動に含めてもよい) |
| 座りっぱなし | 長くなりすぎないよう注意 |
循環器を専門とする立場から強調したいのは、この推奨量を満たすと総死亡・心血管疾患死亡のリスクが約30%低下すると示されている点です。さらに、体操・ダンス・ラジオ体操・ヨガのような「多要素な運動」では、転倒リスクが12〜32%、転倒・骨折のリスクが15〜66%低減したと報告されています。
そして何より大切なのは、同ガイドがはっきり述べているこの一点です。
何もしないより、少しでも身体活動を行うことで死亡リスクが大きく低下する。日頃の身体活動が少ない人ほど、少し増やすことによる低下の程度は大きい。
6,000歩に届かなくても構いません。ゼロを1にすることの効果が、いちばん大きいのです。
夏に運動するときの注意
- 時間帯を選ぶ。 日中の屋外は避け、涼しい朝夕か、エアコンの効いた室内で。
- 水分と塩分を。 運動前・中・後にこまめに。喉の渇きを感じにくくなっている場合があります。
- 痛みがあるときは中止。 腰痛や膝関節痛がある場合、これらの運動でかえって症状が悪化することがあります。必ずかかりつけ医にご相談ください。
- ふらつく日はやらない。 転倒による骨折は、フレイルを一気に進めてしまいます。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 夏に体重が減るのは、悪いことなのですか?
減り方によります。意図した減量ならよいのですが、半年で2〜3kg以上、意図せず減った場合は注意が必要です。とくに高齢の方では、減った分が脂肪ではなく筋肉であることが少なくありません。
Q. 散歩だけでは足りませんか?
散歩はとても良い習慣ですが、筋肉を増やす刺激としては不十分です。歩く(有酸素運動)+筋トレ(レジスタンス運動)週2〜3日の組み合わせが推奨されています。詳しくは運動で生活習慣病を改善!筋力トレーニングと有酸素運動を解説をご覧ください。
Q. プロテインを飲めばいいですか?
食事から摂れるのが理想です。ただし食が細くて量が確保できない場合、補助的に使う選択肢はあります。腎臓の病気がある方は自己判断で始めないでください。 必ず主治医にご相談ください。
Q. 何歳から始めればいいですか?
早いほど有利ですが、遅すぎることはありません。高齢になってからでも適切な運動で筋力が維持・改善することが報告されています。
Q. 高血圧や心臓の持病がありますが、筋トレしてもいいですか?
多くの場合できますが、強度や息のこらえ方に注意が必要です。自己判断で始めず、一度ご相談ください。 当院では心エコー・心電図・24時間ホルター心電図などで心臓の状態を確認したうえで、お薬の内容もふまえて、その方に合った運動の強さをご案内できます。
Q. 健診で「要再検査」と言われたまま放置しています。大丈夫でしょうか?
体重減少や筋力低下の背景に、別の病気が隠れていることがあります。健康診断で『要再検査・要精密検査』と言われたら?放置リスクと受診の目安で解説していますので、あわせてご確認ください。
まとめ・受診の目安
夏に減った体重は、脂肪ではなく筋肉かもしれません。高齢期は「減らす」より「保つ」。たんぱく質は1日に両手いっぱいを3食に分けて、筋トレは週2〜3日、椅子に座ったままでOK。それだけで悪循環の輪は止められます。
次のような場合は、一度ご相談ください。
- 半年で2〜3kg以上、意図せず体重が減った
- ペットボトルのふたが開けにくい、横断歩道を青のうちに渡りきれない
- 指輪っかテストで隙間ができる
- 食欲がない状態が2週間以上続いている
- 運動を始めたいが、持病があって不安がある
体重減少の裏に、甲状腺の病気や糖尿病、消化器の病気、うつなどが隠れていることもあります。「夏バテだから」で片づける前に、一度お話を聞かせてください。
なお、腎臓の病気や糖尿病でたんぱく質の制限を受けている方は、この記事の目安をそのまま当てはめないでください。 制限量は一人ひとり違います。必ず主治医にご確認ください。
当院について
桂川さいとう内科循環器クリニックは、京都市西京区下津林南大般若町で一般内科から循環器疾患、生活習慣病、健康診断まで幅広く診療しています。阪急桂駅・JR桂川駅からバス、駐車場7台。
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本記事は一般的な健康情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。症状や治療についての判断は、自己判断で行わず、必ずかかりつけ医にご相談ください。服薬中のお薬を自己判断で変更・中止しないでください。運動を始める際は、持病のある方は事前に主治医にご確認ください。
参考・引用元
- サルコペニアに対する運動 | 健康長寿ネット(公益財団法人 長寿科学振興財団)
- サルコペニアに対する栄養 | 健康長寿ネット(公益財団法人 長寿科学振興財団)
- 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」推奨シート:高齢者版 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
- 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」情報シート:筋力トレーニングについて | e-ヘルスネット(厚生労働省)
- 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023(本文・PDF) | 厚生労働省
- フレイル予防 | 公益社団法人 東京都医師会
- ストップフレイル「フレイルを予防して健康寿命をのばしましょう」(指輪っかテスト・監修:東京大学 飯島勝矢教授・PDF)
- サルコペニアと栄養について | 国立長寿医療研究センター 長寿NSTニュースレター
- サルコペニア・フレイル | 健康長寿ネット

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