当院のブログではこれまで、さまざまな心電図異常や不整脈について解説してきました。その中でもよく読まれているテーマのひとつが、「ブルガダ症候群(Brugada syndrome)」です。
ブルガダ症候群は、特徴的な心電図変化を示し、一部の患者さんでは心室細動という危険な不整脈を起こすことがある病気です。そして興味深いことに、ブルガダ症候群は欧米人より、日本人を含むアジア人に多いことが知られています。
ところが、「Brugada」という名前は日本人でもアジア人でもありません。スペイン出身の循環器医、Brugada(ブルガダ)兄弟の名字です。しかもブルガダ家には、Pedro(ペドロ)、Josep(ジョゼップ)、Ramon(ラモン)という3人の兄弟がおり、なんと3人とも循環器医になりました。
では、アジア人に比較的多い病気が、どうして遠く離れたスペイン出身の医師たちによって世界に知られるようになったのでしょうか。そこには、一人の3歳の男の子、突然亡くなったその姉、そして「この心電図は何かおかしい」と気づいた一人の医師から始まる物語があります。
今回はいつもの病気の解説から少し離れて、ブルガダ症候群がどのようにして医学の世界に登場したのか、その「発見の裏側」を掘り下げてみたいと思います。
そもそも「ブルガダ」って何?
ブルガダ症候群の「Brugada」は医学用語ではありません。人の名字です。
医学では、病気を発見したり、その疾患概念の確立に大きく貢献した医師・研究者の名前が病名になることがあります。これをエポニム(eponym)といいます。
循環器内科には、こうした病名がたくさんあります。たとえば、WPW症候群(Wolff-Parkinson-White syndrome)はLouis Wolff、John Parkinson、Paul Dudley Whiteという3人の医師の名字。Ebstein(エプスタイン)奇形はドイツの医師Wilhelm Ebstein。Fallot(ファロー)四徴症はフランスの医師Étienne-Louis Arthur Fallot。そして、Brugada syndrome(ブルガダ症候群)も同じです。
ただし、この病気の場合は少し変わっています。その歴史を追っていくと、一人ではなく3人の兄弟が登場するからです。
医師が一人もいなかった家から、3人の循環器医が生まれた
Brugada兄弟はスペイン北東部、カタルーニャ地方の出身です。長男がPedro Brugada、次男がJosep Brugada、そして三男がRamon Brugada。3人とも後に循環器医、特に不整脈を専門とする医師になりました。
これは「もともと代々医師だったBrugada家の3兄弟」という話ではありません。Josep Brugada医師の回想によれば、彼ら以前に家族には医師はいませんでした。父親も医師ではありません。それでも父親は早朝から働き、子どもたちが教育を受けられるよう支えました。
長男PedroとJosepは6歳違い。Josepと末弟Ramonは8歳違い。つまりPedroとRamonは14歳も年齢が離れています。最初に医学の道へ進んだPedroを追うようにJosepも医学へ。そして年の離れたRamonも医学へ進みます。やがて3人とも、偶然というには出来すぎたように、心臓の電気現象=不整脈を専門にすることになります。
しかし、この時点ではもちろん、「Brugada syndrome」という病気は世界のどこにも存在しません。少なくとも、ひとつの独立した病気としては認識されていませんでした。

舞台はスペインではなく「ベルギー」だった
「スペイン人のBrugada先生が発見した病気」と聞くと、スペインの病院で発見されたように思います。ところが、物語の舞台はスペインではありません。ベルギーです。
長男Pedro Brugadaはスペインで医学を学んだ後、循環器・不整脈の専門家としてベルギーで診療していました。そして1986年、Pedroのもとに一人の患者さんが紹介されてきます。この患者さんとの出会いが、後のブルガダ症候群の物語につながっていきます。
1986年――ポーランドからやってきた3歳の男の子
患者さんは、ポーランド人の3歳の男の子でした。男の子には、とても気になる症状がありました。突然、意識を失ってしまう。つまり失神発作です。しかも、一度だけではありません。繰り返していました。
子どもが失神する原因にはさまざまなものがあります。しかし、この男の子を調べていくと、Pedro Brugada医師は心電図に不思議な特徴があることに気づきます。胸に付ける心電図電極のうち、V1、V2、V3と呼ばれる右胸部誘導で、ST部分が特徴的に持ち上がっていたのです。
現在の循環器医が見れば、「ブルガダ型心電図では?」と考えるような波形です。しかし、1986年です。「ブルガダ症候群」という病名はまだありません。目の前にあるのは、「何だか変わった心電図」だったわけです。
さらに衝撃的だった「姉の突然死」
そして、この男の子には非常に重要な家族歴がありました。姉が突然亡くなっていたのです。しかも、その姉にも弟と似た心電図所見があったとされています。
ここで状況が大きく変わります。単に「ちょっと変わった心電図の子ども」ではありません。特徴的な心電図を持つ弟が失神を繰り返している。そして、同じような心電図を持っていた姉が突然死している。この2つは偶然なのだろうか? Pedro Brugada医師は、そこに何らかの関係があるのではないかと考えます。
医学の発見は、最初から答えが見えているわけではありません。最初にあるのは、「何かおかしい」という小さな違和感です。

ところが、心臓を調べても「正常」
さらに不思議なことがありました。突然死を起こすほど危険な心臓病であれば、普通は心臓そのものに何か異常がありそうです。たとえば、心筋梗塞、重い心筋症、先天性心疾患、重症の弁膜症などです。
ところが、この男の子たちでは、当時の検査で明らかな構造的心疾患が見つかりませんでした。見た目には、ほぼ正常な心臓。それなのに、失神する。そして、心室細動(ventricular fibrillation:VF)という致死性不整脈を起こすことがある。
心室細動になると、心臓は規則正しく血液を送り出せなくなります。除細動されなければ、突然死につながる非常に危険な不整脈です。「心臓の形は正常なのに、なぜこんな危険な不整脈が起こるのか?」――この謎が、後のブルガダ症候群研究の中心になります。
一人だけなら「珍しい症例」で終わっていたかもしれない
医学では、一人の珍しい患者さんを見ただけでは、新しい病気とは言えません。偶然かもしれません。別の病気の特殊なケースかもしれません。
そこで重要になるのが、「同じ特徴を持つ別の患者さんはいないか?」という視点です。PedroとJosep Brugadaは、似た患者さんを集めていきます。すると、「心臓の構造には大きな異常がない」「右胸部誘導に特徴的なST上昇がある」「失神や心室細動を起こす」という共通点を持った患者さんが、少しずつ見つかってきました。
もしかすると、これは単なる偶然ではない。まだ医学書に載っていない、一つの病気なのではないか。兄弟はそう考えるようになります。
1991年――初めて医学界に提示
PedroとJosep Brugadaは、集めた症例をまとめます。そして1991年、米国心臓協会(American Heart Association)の学術集会で、この新しい症候群について報告しました。
しかし医学の世界では、学会発表だけでは十分ではありません。世界中の医師が検証できるよう、論文として残す必要があります。そして翌年、ブルガダ症候群の歴史において最も重要な論文の一つが発表されます。
1992年――たった「8人」の患者さんから始まった
1992年、Pedro BrugadaとJosep Brugadaは、循環器学の代表的な医学雑誌 Journal of the American College of Cardiology(JACC)に論文を発表しました。タイトルは、“Right bundle branch block, persistent ST segment elevation and sudden cardiac death: a distinct clinical and electrocardiographic syndrome.”。日本語にすると、「右脚ブロック、持続性ST上昇、突然死を特徴とする独立した臨床的・心電図学的症候群」という意味です。
報告された患者さんは、わずか8人。現在、世界中の循環器医が知っているブルガダ症候群。その疾患概念が世界に提示された重要な論文は、8人の患者さんの観察から始まったのです。

ただし、論文には「Brugada syndrome」と書かれていない
ここが医学史の面白いところです。PedroとJosepは、「われわれが新しい病気を発見した。今日からBrugada syndromeと呼ぶ」とは書いていません。そもそも、自分たちの名前を付けていません。
1992年の論文では、あくまで「これまで十分に認識されていなかった、特徴的な臨床・心電図症候群が存在するのではないか」と提示したのです。
その後、世界中から似た症例が報告されるようになります。そして1996年、YanとAntzelevitchが心臓の電気現象について論じた論文で、“Brugada syndrome”という名称を使用します。この呼び名が次第に広まり、現在の病名として定着していきました。つまり、Brugada兄弟自身が自分たちの名前を病名につけたわけではないのです。
実はBrugada兄弟より前にも「同じような患者」はいた
では、「世界で最初にブルガダ型心電図を見つけたのはBrugada兄弟なのか?」というと、話はもう少し複雑です。似たような心電図や突然死の症例は、それ以前にも報告されていました。
特に1989年、イタリアのMartiniらは、心室細動を起こした患者さんの中に、右脚ブロック様の心電図とST上昇を示す症例を報告しています。さらに過去の医学文献をたどれば、現在から見ればブルガダ型心電図だったのではないかと思われる症例もあります。
つまり、「波形そのものを世界で初めて見た人」=Brugada兄弟という単純な話ではありません。Brugada兄弟の大きな功績は、「この特徴的な心電図と突然死は、一つの独立した症候群なのではないか」と患者群をまとめ、世界に提示したことでした。
医学では、「見たことがある」ことと、「それが一つの病気だと気づく」ことは違います。ブルガダ症候群の歴史は、その違いがよく分かる例です。
では、アジア人に多い病気を、なぜヨーロッパで発見できたのか?
ここで冒頭の疑問に戻ります。ブルガダ症候群は、現在では欧米より東南アジアを含むアジア地域で多いことが知られています。日本でも決して無縁の病気ではありません。それなのに、なぜ病名は日本人や東南アジアの医師の名前ではなく、スペイン人のBrugada兄弟なのでしょうか?
実はアジアでは、ブルガダ症候群という疾患概念が確立するずっと前から、「若く健康そうな男性が、夜眠っている間に突然亡くなる」という現象が知られていました。フィリピンではbangungut(バングングット)、タイやラオスなどでも、それに相当する突然死の現象が知られていました。後に研究が進むにつれて、こうした東南アジアの原因不明の夜間突然死の一部が、ブルガダ症候群と関連していた可能性が示されるようになります。
つまり、病気そのものは、Brugada兄弟が発見するずっと前からアジアに存在していたのです。ただし当時は、突然死、心電図異常、家族性、致死性不整脈という点が、現在のように一つの疾患概念として結び付けられていませんでした。そこを、「特徴的な心電図+心室細動+突然死+明らかな構造的心疾患がない」という形で一つの臨床症候群として整理したのがBrugada兄弟だったのです。
ですから医学の「発見」とは、その病気が初めて地球上に現れた瞬間ではありません。すでに存在していた現象の中から共通するパターンを見つけ、「これは一つの病気だ」と認識できる形にすることも、大きな発見なのです。
そして三男Ramonが登場する
ここまでの物語の中心人物は、長男Pedroと次男Josepです。1992年の原著論文の著者も、この2人です。では、なぜ「Brugada3兄弟」と呼びたくなるのでしょうか。ここで、年の離れた三男Ramon Brugadaが登場します。
1990年代になると、研究者たちは別のことに気づき始めます。ブルガダ症候群は、家族内で発症することがある。では、「遺伝するのではないか?」という疑問が生まれます。そして研究の舞台は、心電図から遺伝子へ移っていきます。
1998年――SCN5A遺伝子へ
1998年、ブルガダ症候群の一部で、SCN5Aという遺伝子の異常が関係していることが報告されました。SCN5Aは、心筋細胞のナトリウムチャネルに関係する非常に重要な遺伝子です。
心臓は筋肉でできたポンプですが、勝手に収縮しているわけではありません。心臓の細胞では、ナトリウム(Na⁺)、カリウム(K⁺)、カルシウム(Ca²⁺)などのイオンが細胞膜を出入りすることで電気信号が作られます。この電気信号が心臓全体に伝わることで、心筋が規則正しく収縮します。
SCN5Aに異常があると、その電気システムに乱れが生じることがあります。だから、心エコーなどで見ると心臓の形はほぼ正常なのに、電気的には非常に不安定になることがある。このような病気を心臓チャネル病(cardiac channelopathy)と呼びます。
三男Ramon Brugadaは、その後こうした遺伝性不整脈の遺伝学・分子生物学的研究で重要な役割を担っていきます。兄たちが「この心電図を示す患者さんたちは、一つの病気ではないか?」と臨床像をまとめ、その後の研究者たち、そしてRamonらの世代が「では、その病気はなぜ起こるのか?」を遺伝子やイオンチャネルのレベルで追究していったわけです。

3兄弟の名前が「世界中の医学書」に残る
こうしてBrugada3兄弟は、それぞれ不整脈医学の世界で活躍することになります。Pedroは主にベルギーで、Josepはスペイン・バルセロナで、Ramonは北米やスペインで、臨床・研究を続けました。3人は後に、ブルガダ症候群についての専門書も共同で出版しています。
Josep Brugada医師の回想には印象的なエピソードがあります。医師が一人もいなかったBrugada家。その父親が、自分の3人の息子の名前が並んだブルガダ症候群の本を見ることができたのは、亡くなるわずか数週間前だったそうです。
一生懸命働いて3人の息子を教育した父親。その息子たちが全員循環器医となり、やがて「Brugada」という家族の名字そのものが、世界中の循環器内科医が知る病名になりました。
「発見」とは、最初に見ることではなく「つなげる」ことなのかもしれない
ブルガダ症候群の歴史をたどってみると、医学における「発見」の面白さが見えてきます。ブルガダ型心電図そのものは、それ以前にも存在していました。東南アジアでは、原因不明の若年者の夜間突然死も知られていました。それぞれの「点」はすでにあったのです。
しかし、特徴的な心電図・失神・心室細動・突然死・家族内発症・心臓の形には大きな異常がない、という点と点を結び、「これは一つの病気なのではないか」と考えた。そこから世界中の症例が集まり、さらに遺伝子やイオンチャネルの研究へ進んでいった。
ブルガダ症候群の発見とは、誰も見たことのないものを初めて見つけたというより、誰も一つの病気として結び付けていなかった現象を「つなげた」発見だったとも言えるのかもしれません。
そして今、その心電図を日本の健診で見つけることがある
1986年、ベルギーでPedro Brugada医師が見た、3歳の男の子の不思議な心電図。それから約40年。現在では日本の健康診断で、「Brugada型心電図」と判定されることがあります。医学の歴史を知ると、健康診断の心電図に書かれた「Brugada」という一言も、少し違って見えてくるのではないでしょうか。
ただし、とても大切なことがあります。「ブルガダ型心電図」=「危険なブルガダ症候群」ではありません。 心電図だけで将来の突然死リスクが決まるわけでもありません。
実際の診療では、Type 1と呼ばれる特徴的な波形か、自然に出現しているか、失神歴があるか、心室細動の既往があるか、若年突然死の家族歴があるか、発熱によって波形が変化するか、などを総合して判断します。
健康診断で「ブルガダ型心電図」「V1〜V2のST上昇」などを指摘されたからといって、必要以上に心配する必要はありません。一方、「失神したことがある」「家族に若くして突然亡くなった人がいる」といった場合には、心電図所見の意味が変わってくることがあります。その場合は、循環器内科で一度きちんと評価しておくことをおすすめします。
※本記事は医学史・読み物としての一般的な情報提供であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。健診結果の判断や治療については、自己判断せず主治医・循環器内科にご相談ください。
まとめ――一枚の心電図から始まった物語
ブルガダ症候群は、日本人を含むアジア人に比較的多い不整脈疾患です。しかし、その名前はスペイン出身のBrugada兄弟に由来します。その歴史は、次のような流れで発展してきました。
1986年、ポーランド人の3歳の男の子との出会い。姉にも似た心電図があり、突然死していた。「この心電図と突然死には関係があるのでは?」という違和感から、似た患者さんを集める。1991年に新しい症候群として学会報告。1992年にPedro・Josep Brugadaが8症例をJACCに報告。世界中から同様の症例が集まり、Brugada syndromeという名称が定着。そして1998年、SCN5Aなど遺伝子・イオンチャネルの研究へ――。
病気は、名前が付けられる前から存在しています。しかし、名前が付き、共通の疾患概念ができることで、世界中の医師が同じ病気について研究できるようになります。そして、その結果として診断や突然死の予防につながっていきます。
「この心電図は、いったい何なのだろう?」――約40年前、一人の医師が抱いたその疑問。そこから始まった物語が、現在、日本の私たちが日常診療で使っている「ブルガダ症候群」という病名につながっています。医学の歴史というのは、調べてみるとなかなか面白いものです。
当院では今後も、病気そのものの解説だけでなく、「なぜこの病気が見つかったのか」「なぜこの名前が付いているのか」といった医学の裏側についても、ときどきご紹介していきたいと思います。
当院で相談できること
医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニックは、京都府京都市西京区下津林南大般若町37番地 リペアス下津林2Fにあり、阪急桂駅・JR桂川駅・洛西口駅からお越しいただけるエリアで、一般内科・循環器内科の診療を行っています。
健診で「ブルガダ型心電図」「心電図異常」を指摘された方に、次のような対応を行っています。
- ブルガダ型心電図・健診心電図異常の精密検査:波形のタイプ(Type 1/Type 2)や症状・家族歴をふまえて評価します
- 失神・動悸の相談:気を失った・脈が乱れるといった症状の背景を調べます
- ホルター心電図・運動負荷などの検査:必要に応じて追加検査を行います
- リスクに応じた専門連携:心室細動や突然死のリスクが疑われる場合は、専門医療機関と連携します
健診で「ブルガダ型心電図」と言われて気になっている方、失神や若年突然死の家族歴が気になる方は、どうぞお気軽にご相談・ご予約ください。
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引用文献・参考サイト
- Brugada P, Brugada J. Right bundle branch block, persistent ST segment elevation and sudden cardiac death: a distinct clinical and electrocardiographic syndrome. J Am Coll Cardiol. 1992(原著論文)
- Present Status of Brugada Syndrome: JACC State-of-the-Art Review(2018)
- ブルガダ症候群・健診心電図の精密検査(医療法人グロース 桂川さいとう内科循環器クリニック)

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