診療ガイドライン

高血圧治療ガイドライン2025で目標変更!なぜ高血圧治療の目標値は厳しくなったのか?——データでわかる本当の理由

先日、日本高血圧学会から新しい『高血圧治療ガイドライン2025』が発表されました。この中で、治療で目指すべき血圧の目標値が新しく示されました。この新しい方針を受けて、患者さんからはこんなご質問をいただくことが増えました。

「最近、高血圧の基準や目標がどんどん厳しくなっている気がする…」
「これって、薬をたくさん使わせるための誰かの陰謀なんじゃないの?」

ごもっともな疑問です。この記事では、なぜ高血圧の治療目標が変わってきたのか、賛成意見と慎重な意見の両方をご紹介しながら、最新のガイドラインを患者さんの目線で、できるだけやさしく解説します。

まずは基本の整理:「診断の基準」と「治療の目標」は違います

最初に、とても大切なポイントです。「高血圧ですよ」と診断するための基準と、治療で「ここまで下げましょう」と目指す目標は、役割が異なります。

役割数値(診察室/家庭)
診断の基準高血圧と呼ぶかどうかの「線引き」140/90 mmHg以上 / 135/85 mmHg以上
治療の目標治療で“どこまで下げるか”のゴール130/80 mmHg未満 / 125/75 mmHg未満
(※JSH2025で原則この目標に統一)

診断の線引き(140/90や135/85)はずっと変わっていません。変わったのは、治療で目指すゴールが少し低くなった、という点です。


なぜ目標が下がったのか?

新しい目標を支持する背景には、世界中から集まったたくさんの科学的データがあります。

1. 「血圧は、低いほど将来の病気が減る」という大規模データ

100万人以上のデータを分析した研究では、血圧が低いほど、脳卒中や心筋梗塞といった命に関わる病気での死亡が減ることが示されました。特に「ここから下なら安全」という明確な線(しきい値)はなく、ある程度までは下げれば下げるほどメリットがある、という結果でした。これが、「少し低めを目指そう」という考え方の大きな根拠になっています。

2. 「厳しめに下げた方が結果が良かった」という臨床試験

有名な2つの研究があります。

  • SPRINT試験:血圧を120未満までしっかり下げたグループは、140未満を目標にしたグループより、心臓病や脳卒中になる割合や死亡率が明らかに少ない、という結果でした。
  • STEP試験(高齢者が対象):70歳代の患者さんでも、血圧を110~130の間を目指したグループは、130~150を目標としたグループより、病気になる人が少ないことが分かりました。

これらの結果から、高齢の方でも「やや厳しめ」の目標にするメリットが確認されています。

3. 「家庭での血圧こそが大事」という日本の研究

日本の大規模研究(大迫研究など)によって、病院で測る血圧よりも、毎日ご家庭で測る血圧のほうが、将来の病気のリスクをより正確に予測できることが分かっています。このため、家庭血圧の基準(135/85mmHg)はとても重要で、治療目標はそれよりも少し低い「125/75mmHg未満」が妥当とされています。


目標が下がることへの慎重・反対の意見

一方で、現場の医師や患者さんからは、目標を厳しくすることへの懸念の声もあります。

1. ふらつきなどの副作用は増えないか?

血圧をしっかり下げると、立ちくらみ、めまい、一時的に腎臓の機能が悪化する、といった副作用が起きやすくなる傾向があります。特にご高齢の方、多くのお薬を飲んでいる方、脱水になりやすい方は慎重な調整が必要です。

2. 測り方によって数字が変わるのでは?

研究で使われる血圧測定は、誰にも見られず、機械で自動で測るなど、厳密な方法で行われます。普段の診察室での測定とは少し差が出ることがあり、単純に同じ目標でよいのか、という指摘です。だからこそ、日々の「家庭血圧」の記録がとても重要になります。

3. 過剰な医療につながる不安

「数値を追いかけるだけで、どんどん薬が増えてしまうのでは?」というご心配も、もっともです。治療の基本はあくまで生活習慣の改善であり、お薬は必要最小限で、安全を第一に調整することが大前提です。

4. 大切にする価値観は人それぞれ

「ふらつくのは絶対に嫌だ」「これ以上薬は増やしたくない」といったお気持ちも、治療方針を決めるうえで非常に大切です。目標は医師が一方的に決めるものではなく、患者さんとよく話し合って合意するものです。


結論:「原則130/80未満」が支持される理由

賛否両論を踏まえたうえで、当院では新しい目標「原則130/80mmHg未満」を支持しようかと考えています。なぜなら、将来の脳卒中や心筋梗塞を防ぐメリットが、副作用などのリスクを上回る、と総合的に判断できたからです。

今日からできる!血圧管理の実践ポイント

  1. 家庭血圧を正しく測る これが一番の基本です。朝と晩、リラックスした状態で測りましょう(詳しい測り方は後述)。
  2. 生活習慣をととのえる
    • 減塩:まずは1日6g未満を目標に。味噌汁の具を増やす、麺類の汁は飲まないなど工夫を。
    • 体重管理:適正体重(BMI 25未満)を目指しましょう。
    • 運動:ウォーキングなどの有酸素運動に、軽い筋トレをプラスできると理想です。
    • 睡眠:質の良い睡眠を十分にとりましょう。
    • 節酒・禁煙:言うまでもなく、とても効果的です。
  3. お薬は少量から、ゆっくりと 副作用(ふらつき、むくみ、咳、だるさ等)に気づいたら、我慢せず早めにご相談ください。
  4. 目標はオーダーメイドで ご高齢の方や、他の病気を多く抱えている方は、安全を優先した個別の目標を設定します。
  5. 「診断の線」と「治療のゴール」は別と理解する 「138/88mmHgだからまだ大丈夫」ではなく、「治療中は130/80未満を目指す」と考えましょう。

よくあるご質問(FAQ)

Q1. 降圧薬は一度始めたら、一生やめられないのですか? A. いいえ、そんなことはありません。生活習慣の改善や減量によって、お薬を減らしたり、中止したりできる方もいらっしゃいます。ただし、自己判断での中断は血圧が急上昇する危険があるため絶対に避けてください。主治医と一緒に段階的に調整していきましょう。

Q2. 自分にはどんな薬が合いますか? A. カルシウム拮抗薬、ARB/ACE阻害薬、利尿薬などが代表的ですが、患者さんの年齢、合併症(腎臓病や糖尿病など)、体質によって最適なお薬は異なります。まさにオーダーメイド治療です。

Q3. どのくらいの期間で目標に到達しますか? A. 個人差がありますが、多くは数週間から数か月かけてゆっくりと調整していきます。焦りは禁物です。副作用がないか慎重に確認しながら進めます。

Q4. 130/80未満まで下げて、めまいや腎臓への影響は大丈夫ですか? A. 安全第一でゆっくり調整すれば、多くの方は問題ありません。しかし、ふらつきが出たり、一時的に腎機能の数値が変動したりする方もいらっしゃいます。定期的な診察と血液検査でしっかりチェックし、早期に対応しますのでご安心ください。


受診を考えるタイミング

  • 家庭血圧の平均が 135/85mmHg を超える日が続く
  • 胸の痛み、息切れ、頻繁な頭痛やめまいがある
  • すでに糖尿病、腎臓病、心臓病などの持病がある

少しでも気になることがあれば、決して放置せず、お気軽にご相談ください。

当院では、生活習慣の見直しから、お薬の細やかな調整、家庭血圧の記録の付け方まで、患者さん一人ひとりと一緒に伴走します。

「安全に、無理なく、少しずつ。」

これが当院の合言葉です。あなたの健康を一緒に守っていきましょう。


参考文献

  • Lewington S, et al. Lancet. 2002;360:1903–1913.
  • SPRINT Research Group. N Engl J Med. 2015;373:2103–2116.
  • Zhang W, et al. (STEP Trial). N Engl J Med. 2021;385:1268–1279.
  • 日本高血圧学会『高血圧治療ガイドライン2025』関連文献.

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