研究

日本循環器学会の循環器病ガイドラインがアップデートされました

昨日から第88回日本循環器学会総会が神戸コンベンションセンターで開催されています。それに合わせて日本循環器学会が作成する循環器病ガイドラインがアップデートされました。診療ガイドラインは、一般の方にはなじみが薄いかもしれませんが医療の現場で医師や医療従事者が診断や治療において参考とするための指針や手引書のことです。これは、医学的な知識や最新の研究成果に基づいて作成され、信頼性の高い医療団体や専門家によって策定されます。いままでに発表された論文の集大成のようなもの、といってよいかと思います。私自身も日々の診療で判断に悩むことがあったり患者さんへの説明によく利用しています。

日本循環器学会はこのガイドラインを無料で公開しています。ちょうど”2024年JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 不整脈治療(日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン“というクリニックでも参考にすべきガイドラインが発表されました。治療用の植え込み型デバイスの使用に関すること、カテーテルアブレーション(不整脈のカテーテル治療)、心房細動の薬物治療、など不整脈に関する重要な指針が発表になっていますのでいくつか重要な点をピックアップして紹介いたします。

HELT-E2S2 スコア:新しい心房細動のリスクスコア 

HELT-E2S2スコアは、日本循環器学会の「不整脈非薬物治療ガイドライン(2024年版)」で新しく紹介された、日本人の心房細動患者さんにおける脳梗塞リスクを評価するためのスコアリングシステムです。このスコアは、日本人の心房細動患者さんを対象とした大規模研究(J-RHYTHM研究、Fushimi AF Registry、Shinken Database)のデータを基に開発されました。

HELT-E2S2スコアでは、以下の6つのリスク因子の頭文字を取って命名されています。

  • H:Hypertension(高血圧)
  • E:Elderly(75歳以上)
  • L:Low body weight(BMI 18.5 kg/m2未満)
  • T:Type of AF(持続性または永続性心房細動)
  • E2:Extreme elderly(85歳以上)
  • S2:Previous stroke(脳梗塞の既往)

それぞれのリスク因子に対して、1点または2点が割り当てられ、合計点数によって脳梗塞のリスクを層別化します。

合計点数が0点の場合、1年間の脳梗塞発症率は0.57%と低リスクですが、4点以上になると3.96%以上と高リスクになります。このスコアリングシステムの特徴は、日本人に特有のリスク因子(低体重や高齢者が多いことなど)を考慮している点です。

合計得点が高いほど、脳梗塞のリスクが高くなります。このスコアにより、抗凝固療法を受けていない場合の1年間の脳梗塞発症率が点数に応じて算出されます。たとえば、スコアが高い人ほど脳梗塞のリスクが高くなるため、より注意深いフォローアップや予防策が必要になります。HELT-E2S2スコアは、日本国内の心房細動患者さんの脳梗塞リスクを評価し、抗凝固療法の適応を判断する上で有用なツールになると期待されています。当院でもこの新しいリスクスコアを用いて診療の参考にしていきたいと考えています。

80歳以上の高齢者に対する心房細動のアブレーション治療について

近年、心房細動をはじめとする不整脈の治療は目覚ましい進歩を遂げています。特に、カテーテルアブレーションは多くの患者さんに福音をもたらしてきました。一方で、高齢化社会を迎え、80歳以上の方の割合も増えつつあります。

そこで、今回のガイドラインでは、80歳以上の高齢者に対する心房細動アブレーション治療についても言及されています。ポイントは以下の通りです。

  • 心房細動は高齢者に多い疾患で、80歳以上の患者への治療が増えている。
  • 80歳以上でもアブレーションの成功率は80%程度と高い。ただし80歳未満に比べると若干低い傾向にある。
  • 80歳以上ではアブレーションに伴う合併症のリスクが若干高くなる。患者選択や術前評価、術後管理に注意が必要。
  • 80歳以上でもアブレーション後のQOL改善効果は高い。
  • 高齢者に対するアブレーションのエビデンスは不十分。80歳以上の患者に特化したRCT(無作為化試験)が望まれる。
  • 高齢者では個々の患者の全身状態を評価し、リスク・ベネフィットを十分に検討した上で、アブレーション適応を慎重に判断する必要がある。
  • 患者の社会的背景や嗜好も考慮しながら、十分なインフォームドコンセントのもと、治療方針を決定することが重要である。

心房細動は高齢になるにつれて増える疾患です。当院でも多くのご高齢の患者さんが心房細動で受診されており治療の選択、特にアブレーション治療を勧めるかどうか悩むことがあります。高齢でも患者さんが元気であればアブレーション治療を勧めていたのですが今回のガイドラインではその治療方針で概ね正しいことが確認されました。

心房細動に対する抗凝固薬はいつまで飲み続けるのか

心房細動になると脳梗塞予防のため抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)が必要になることが多いです。抗凝固薬は脳梗塞を予防する反面、出血しやすくなるという諸刃の剣のような面もあり、いつまで内服を続けるか悩ましい問題です。特に高齢になったり、アブレーション治療が上手く成功して再発が無い場合などは中止を検討することもありますが、それについても今回のガイドラインで指針がしめされました。

今回のガイドラインでは基本的に、脳梗塞のリスクがある心房細動患者さんは、リスク因子がなくなるまで抗凝固療法を継続することが推奨されています。具体的には、以下の場合に抗凝固薬の継続が必要とされています。

  1. 75歳以上の高齢者
  2. 高血圧、糖尿病、心不全、脳梗塞の既往がある患者さん

これらのリスク因子を一つでも有する場合は、生涯にわたって抗凝固療法を継続することが望ましいとされています。心房細動患者さんの多くは、基礎疾患をコントロールしつつ、生涯にわたって抗凝固療法を継続していく必要があると言えるでしょう。一方、カテーテルアブレーション後に洞調律が維持され、脳梗塞のリスクが低いと判断された場合には、抗凝固療法を中止できる可能性があります。ただし、これは経過を慎重にみて、患者さんやアブレーションを治療した先生とも相談の上で慎重に決定すべきことです。いままでは「抗凝固薬はアブレーションがうまくいくと中止できますよ」、という説明をすることが多かったですが慎重になる必要がありそうです。

症状がなく心機能低下を認めない特発性心室性期外収縮に対する治療

当院でも動悸、不整脈の患者さんは多く来られます、その中で頻度が高いものの一つが心室期外収縮という不整脈です。この心室期外収縮のうちで特に心臓の形態や機能に異常ない場合に”特発性”心室期外収縮という病名が用いられます。患者さんによっては動悸の症状やふらつきがあることもありますが全く症状がなく健診でたまたま見つかったという方も良く来られます。無症状の特発性心室期外収縮について今回のガイドラインでは下記のようにまとめられています。

  • 症状のない特発性心室期外収縮に対してカテーテルアブションを第一選択治療とするエビデンスは乏しい.まずは定期的な心電図や心機能の追跡が推奨される

無症状の心室期外収縮に対しては、アブレーション以外の治療、例えば抗不整脈薬の予防的投与などは、有効性のエビデンスに乏しいため推奨されていません。心室期外収縮による心機能低下が懸念される場合は、定期的に心エコーなどで経過をフォローすることも重要です。当院でも多くの心室期外収縮の患者さんが来院されますが無症状の方は基本的には経過観察にしております、また動悸が気になる方、症状の強い方はβブロッカーという心臓の興奮を抑える薬を中心に内服治療を行っています。更年期障害などが関係している場合は漢方薬で治療することもあります。今回のガイドラインで言及されているアブレーション治療を勧める方、実際に受ける方はごくわずかです。今回のガイドラインでアブレーション治療を勧める基準がより詳細に説明されており今後の診療の参考になりそうです。

ガイドラインの全文は、以下のURLからダウンロードできます。

https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/

興味のある方はぜひ一度目を通してみてください。もしご不明な点があれば、遠慮なくお尋ねいただければと思います。日々の診療では、ガイドラインを参考にしながら、一人ひとりに合った治療方針を立てることが肝要です。当クリニックでは、これからも患者さんに寄り添い、QOLの維持・向上を目指してまいります。

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