研究

講演会に参加しました

新たな心不全治療薬であるサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物(エンレスト)の講演会にコメンテーターとして参加させて頂きました。エンレストは日本では新しい治療薬ですが海外では既に100カ国以上で承認されており、欧米のガイドラインでは、左室駆出率(LVEF)が低下した慢性心不全(HFrEF)患者の標準的な治療法の一つとしてガイドラインで推奨されています。
エンレストは、サクビトリルとバルサルタンという2つの薬を1:1のモル比で含む新たな心不全治療薬ですが配合剤ではなく、血中でサクビトリルとバルサルタンという2つの薬に分解され、それぞれが心臓に保護的に作用します。サクビトリルは新しい機序で心臓を保護します。その作用機序は2つ考えられており、心保護因子のナトリウム利尿ペプチド(ANP)を分解するネプリライシンの働きを阻害してANP系を増強するという作用とアンジオテンシンⅡも分解する作用も持っておりRAA系を同時に抑制する作用もあります。興味深いことにネプリライシン単独阻害剤も開発が試みられたようですがそれでは十分な効果が得られず、現在のARB/NEP阻害剤が有効という結論になったということです。

エンレストの効果は国際共同第3相試験のPARADIGM-HF試験という臨床試験で確認されており、標準治療薬であるACE阻害薬エナラプリルと比較して主要評価項目(複合エンドポイント)である心血管死および心不全による入院を20%抑制しています。
ACE阻害剤は心不全の標準治療薬であり、それに勝る治療薬はなかなか出てこなかったのですがエンレストは優越性を証明したため治療薬として承認されています。試験開始直後から標準治療薬であるエナラプリルと比べて突然死なども減らしており非常に有効な薬であることがわかります。

エンレストを用いるうえでの注意点としては心不全の血中マーカーであるBNPを上昇させるため薬の効果を見るうえではBNPは参考にならないという点です。したがって心不全の評価をする上ではBNPの前駆体であるNTpro-BNPを用いるほうが良いということになります。講演会ではBNPもしばらくすると下がってくるので評価としては用いることができると言われておりました。またもう1つ注意しないといけない点として血圧低下作用があるため、血圧が低い患者さんには使いにくいという点です。血圧が90台ないと増量していくのは難しいのですが、増量できない場合でもエナラプリルと比べて有効であることが報告されています。またACE阻害剤内服中の患者さんではACE阻害剤の内服を終了してから36時間空けてエンレストに切り替える必要があります。
エンレストの効果は他の臨床試験でも検証されておりPROVE-HF試験では心臓超音波検査での左室機能の改善(リモデリング予防)が報告されています。心収縮能が低下していない患者さん(HFpEF)への有効性はPARAGON-HF試験で検証されており、この試験ではエンレストでは傾向としては有効であることを示唆するものの統計的には有意差を示すことはできませんでした。しかしながら研究結果のサブ解析では女性、より重篤な患者さん、腎機能低下した患者さんでは有効性が示唆されております。日本ではACE阻害剤からの切り替えしか承認されていませんが海外では最初からエンレストを開始する場合もあるようです。
実際の治療例も提示されており、血圧が高めでより心機能低下した重篤な心不全の患者さんに良く効く印象です。質疑応答ではACE阻害剤からの切り替えでなく初期から投与した場合の有効性などが議論されました。


クリニックでは新しい治療薬を開始するのは難しい場合もあるのですが研究会に参加して合併症や対処法について勉強して新しい治療に遅れないようにキャッチアップしていきます。

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