はじめに
京都市も帯状疱疹ワクチンの公費助成が始まり当院でもたくさんの方がワクチン接種に来院されております。帯状疱疹ワクチンは帯状疱疹予防だけでなく認知症予防に効果があるのではないかという報告もあります。
帯状疱疹は、子どもの頃にかかった水ぼうそうのウイルスが体内に潜伏し、免疫力の低下とともに再活性化することで起こる病気です。このワクチンが、なぜ認知症の予防にも効果があるのでしょうか?以前から帯状疱疹ワクチンによる認知症予防効果には注目しておりましたが、改めて調べてみました。
重要なポイント: 複数の大規模研究で、帯状疱疹ワクチンを接種した人は、接種しなかった人と比べて認知症になるリスクが約20%低下することが示されています。
ウイルス性認知症仮説とは
この現象を説明する理論として「ウイルス性認知症仮説」があります。これは、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)
をはじめとするヘルペスウイルスが、神経系に潜伏感染し、再活性化することで慢性的な神経炎症を引き起こし、アルツハイマー病などの認知症の発症や進行に関与するという考え方です。
つまり、帯状疱疹ワクチンがウイルスの再活性化を防ぐことで、脳内の慢性炎症が抑えられ、結果として認知症のリスクが下がる可能性があるのです。
画期的な研究:英国ウェールズでの大規模調査
最も注目すべき研究の一つは、英国ウェールズで行われた約28万人を対象とした大規模な調査です。この研究は「自然実験」と呼ばれる特別な研究デザインを使用しました。
「自然実験」とは?
通常の観察研究では、「ワクチンを接種する人は元々健康意識が高い」というバイアスが問題となります。しかし、この研究では、ワクチン接種の対象者が生年月日という偶然の要素で決められたため、このバイアスを効果的に排除できました。
研究結果
- 追跡期間: 7年間
- 使用ワクチン: 弱毒生ワクチン(Zostavax)
- 主な結果: ワクチン接種群で認知症リスクが約20%低下(絶対リスクで3.5パーセントポイントの低下)
- 特筆すべき点: 効果は特に女性で顕著でした
シングリックス(最新の帯状疱疹ワクチン)に関する研究
現在主流となっているシングリックス(組換えワクチン)についても、複数の研究で認知症リスクの低下が報告されています。シングリックスは、従来のワクチンよりも高い予防効果を持つとされる最新のワクチンです。
主要な研究結果
- 米国での大規模研究: 約450万人を対象とした研究で、シングリックスの2回接種により認知症リスクが32%低下(ハザード比:0.68)
- 血管性認知症への効果: 17万人以上を対象とした別の研究では、特に血管性認知症のリスクが50%低下
- 帯状疱疹発症後の効果: すでに帯状疱疹を発症した患者でも、事前のワクチン接種により認知症リスクが16%低下
主要研究の詳細データ
研究名/ワクチン種別 | 対象集団 | 研究デザイン | 主な結果 |
---|---|---|---|
ウェールズ研究 (Zostavax) | 英国ウェールズの約28万人 | 自然実験 | 7年間で認知症リスクが約20%低下 (絶対リスクで3.5パーセントポイント低下) 特に女性で効果が顕著 |
オーストラリア研究 (Zostavax) | オーストラリアの高齢者 | 自然実験 | 7.4年間で認知症診断確率が 1.8パーセントポイント低下 |
Tang et al. (シングリックス) | 米国の約450万人 | 後ろ向きコホート研究 | シングリックス2回接種で 認知症リスクが32%低下 (ハザード比: 0.68) |
Case Western大学研究 (シングリックス) | 米国の約17万人 | マッチドコホート研究 | 血管性認知症のリスクが 50%低下する可能性 |
Dehghani et al. (RZV/ZVL) | 帯状疱疹を発症した約3.8万人 | マッチドコホート研究 | 帯状疱疹発症後の認知症リスクが 16%低下 (ハザード比: 0.839) |
研究結果のグラフ

上のグラフは、主要な5つの研究における認知症リスク低下率を比較したものです。青色のバーは従来のZostavaxワクチン、緑色のバーは最新のシングリックス(組換えワクチン)の結果を示しています。Case Western大学の研究では50%という最も高いリスク低下率が示されており、シングリックスが概して高い効果を示していることが視覚的に理解できます。
なぜワクチンが認知症を防ぐのか?2つの可能性
1. 病原体特異的効果(直接的な保護)
ワクチンが水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化を防ぐことで、ウイルスが引き起こす中枢神経系での神経炎症や神経細胞の損傷を直接的に抑制し、認知症の病態進行を食い止めるという仕組みです。
2. 非特異的な免疫修飾効果(間接的な保護)
ワクチン、特にシングリックスに含まれる強力な アジュバント(AS01)
が、免疫システム全体を有益な方向に調整する可能性があります。これにより、加齢に伴う慢性的な炎症状態が抑制され、認知症を含む加齢関連疾患全般のリスクが低下すると考えられています。
注目すべき点: 同じアジュバントを含む別のワクチン(RSウイルスワクチン)でも認知症リスクの低下が報告されており、この仮説の信憑性を高めています。
現在の研究の限界と注意点
これらの研究結果は非常に有望ですが、いくつかの重要な限界があることを理解しておく必要があります:
- 観察研究である: 現在の研究は主に観察研究であり、直接的な因果関係を証明するものではありません
- ランダム化比較試験が必要: 最終的な証明のためには、厳密にデザインされた臨床試験が必要です
- 長期的な効果は不明: 非常に長期間(10年以上)の効果については、まだ十分なデータがありません
- 個人差がある: すべての人に同じ効果があるとは限りません
結論と今後の展望
現在までの複数の大規模研究で示された一貫した関連性は、帯状疱疹ワクチンが認知症リスクを低減する可能性を強く示唆しています。もしこの関連性が最終的に確立されれば、シングリックスは以下のような革新的な意義を持つことになります:
- 多機能ワクチンとしての役割: 単に帯状疱疹を予防するだけでなく、認知症リスクも低減する
- 「老年ワクチン」の概念: 加齢に伴う免疫系の機能不全を是正し、複数の加齢関連疾患を予防する新しいタイプのワクチン
- 予防医学の新展開: 感染症予防から老化関連疾患予防へのパラダイムシフト
患者さんへのメッセージ: 現在のエビデンスは非常に有望ですが、帯状疱疹ワクチンを「認知症予防薬」として位置づけるのはまだ時期尚早です。しかし、帯状疱疹の予防という本来の目的に加えて、認知症リスクの低減という付加的な効果が期待できる可能性があることは、ワクチン接種を検討する際の重要な要素となるでしょう。
当院での帯状疱疹ワクチン接種について
桂川さいとう内科循環器クリニックでは、帯状疱疹ワクチンの接種を積極的に行っております。
京都市の公費助成制度について
令和7年(2025年)4月1日から、京都市では帯状疱疹ワクチンが定期接種となり、公費助成が開始されました。
対象者(京都市民の方)
以下のいずれかに該当する方が対象です:
- 当該年度に65歳になる方
- 満60~64歳で、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害がある方
- 当該年度に70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳になる方(令和7年度~令和11年度までの経過措置)
- 当該年度に101歳以上になる方(令和7年度のみ)
※令和7年度から令和11年度までの5年間に、対象年齢の方に1人1回の定期接種の機会があります。該当年度の1年間のみ接種可能です。
接種料金(自己負担額)
- 生ワクチン(ビケン): 4,000円(1回接種)
- 不活化ワクチン(シングリックス): 18,000円×2回 = 合計36,000円(2回接種)
※生活保護等受給者の方は、受給証明書の提出により無料となります。
ワクチンの選択について
京都市では、2種類のワクチンから選択できます:
ワクチン種類 | 接種回数 | 予防効果(1年後) | 予防効果(5年後) | 自己負担額 |
---|---|---|---|---|
生ワクチン(ビケン) | 1回 | 約60% | 約40% | 4,000円 |
不活化ワクチン(シングリックス) | 2回 | 90%以上 | 約90% | 36,000円 |
※シングリックスは通常2か月以上の間隔をあけて2回接種します。
当院での接種状況
桂川さいとう内科循環器クリニックは、京都市高齢者帯状疱疹ワクチン予防接種協力医療機関として登録されております。
令和7年4月の定期接種開始以降、多くの患者さんが帯状疱疹ワクチン接種のために受診されています。特に以下のような方々が接種を希望されています:
- 京都市の定期接種対象年齢(65歳、70歳、75歳など)の方
- 過去に帯状疱疹を経験し、再発を防ぎたい方
- 認知症予防にも関心をお持ちの方
- ご家族に認知症の方がいらっしゃる方
- 帯状疱疹後神経痛のリスクを減らしたい方
接種をご検討の方へ
帯状疱疹ワクチンの接種をご検討の方は、事前予約制となっておりますので、お電話にてご予約ください。
接種当日にお持ちいただくもの:
- 年齢がわかるもの(マイナンバーカード、健康保険証など)
- 予診票(京都市から郵送されたもの)
- 接種料金
- 生活保護等受給証明書(該当される方のみ)
患者さん一人ひとりの健康状態や既往歴、服用中のお薬などを確認した上で、生ワクチンとシングリックスのどちらが適しているか、適切なアドバイスをさせていただきます。
京都市の帯状疱疹ワクチン接種に関する詳細情報:
京都市公式ホームページ
まとめ
帯状疱疹ワクチンと認知症予防の関連性は、現代医学における最もエキサイティングな発見の一つです。今後のランダム化比較試験の結果により、この関連性がより確実なものとなれば、高齢者の健康管理における新たな選択肢となる可能性があります。
帯状疱疹の予防という本来の目的に加えて、認知症リスク低減という可能性も期待できることから、ワクチン接種は高齢者の健康維持において重要な選択肢となっています。
京都市では令和7年4月から定期接種が開始され、対象年齢の方は大幅な公費助成を受けることができます。該当年度の1年間のみが接種可能期間となりますので、対象の方はこの機会をお見逃しなくご検討ください。
特に、シングリックスを選択される場合は、2回目の接種を令和8年3月31日までに完了する必要がありますので、早めの接種開始をお勧めいたします。
ご不明な点やご相談がございましたら、当院スタッフまでお気軽にお声がけください。
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