― Forxiga Heart Failure Symposium(2025年5月8日)山口修先生講演より ―
本日昼休みに「Forxiga Heart Failure Symposium」において、愛媛大学大学院医学系研究科 教授 山口修先生が、「生命予後改善を目指した心不全の治療戦略~心不全ガイドラインの改訂ポイントをふまえて~」のテーマでWEB講演会でレクチャーをされました、自分の勉強のため講演内容をまとめてみました。
心不全ステージ分類と最新のリスク認識
心不全は進行性の慢性疾患であり、A~Dの4つのステージで評価されます。改訂ガイドラインでは、従来の高血圧・糖尿病に加え、肥満、慢性腎臓病(CKD)、毒性物質曝露、遺伝的要因なども早期リスク(ステージA)に含めることが推奨されています。
- ステージA:リスクのみ(無症候)
- 高血圧・CKD(eGFR 60未満)、糖尿病(HbA1c 6.5%以上)、BMI > 25、アルブミン尿(UACR ≥ 30 mg/g)など
- ステージB:構造的心疾患あり・無症状
- ステージC:症候性心不全(治療対象)
- ステージD:難治性・末期状態
ステージA・B:発症予防のための治療アルゴリズム
1. 高血圧の管理(Class I 推奨)
- 130/80 mmHg未満を目標とし、早期介入が求められます。
- 特に75歳以上の高齢者ではフレイルや低Na血症に注意が必要です。
2. 糖尿病・CKD合併例に対するSGLT2阻害薬の予防的使用
- ダパグリフロジンおよびエンパグリフロジンは、CKD併存例において心不全発症を約30%抑制(DAPA-CKD試験等)
- フィネレノン(MRA系薬剤)も、尿中アルブミン排泄量を有意に減少させた(FIDELIO-DKD試験)
ステージC・D:心不全治療
推奨薬剤群(EF低下型心不全 HFrEF)
- SGLT2阻害薬(Class I)
→ 心血管死・心不全入院をHR 0.82で有意に抑制(DELIVER試験)
→ Number Needed to Treat(NNT)=32(2.5年で1イベント防止) - ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)
→ 従来のACE阻害薬よりも、心不全入院再発率を有意に改善 - β遮断薬(ビソプロロール、カルベジロール等)
→ 心拍数コントロールと左室リモデリング抑制 - MRA(スピロノラクトン、エプレレノン)
→ 再入院抑制および全死亡率低下 - 利尿薬
→ うっ血の管理に重要、ループ利尿薬とトルバプタンの使い分けが推奨
導入戦略
- 従来の段階的増薬から、「初回からの4剤導入(Four Pillars)」が推奨されており、診断直後1週間以内に導入を完了することが理想とされています。
NT-proBNPによるリスク評価とフォローアップ
- 心不全リスクの層別化にNT-proBNPが有用
- NT-proBNP > 125 pg/mL(外来)または > 300 pg/mL(救急)で心不全の疑い
- 愛媛大学のコホート研究では、初回NT-proBNPが300を超えると5年以内に心不全増悪のリスクが2倍
- スマートフォンアプリを用いたNT-proBNP予測モデルも開発中
- 年齢・BMI・血圧・脈拍・eGFR などを入力することで将来的な数値変化を予測
CKDと心不全の相互関係と治療
- 心不全患者の40~50%にCKDが併存(eGFR < 60)
- 尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR) ≥ 30 mg/gは心血管イベントリスクの指標
- SGLT2阻害薬は、eGFR 25~60の範囲で使用可能(DAPA-CKD)
イニシャルディップ(eGFR初期低下)
- 投与初期にeGFRが約5mL/min/1.73㎡程度低下するが、長期的には腎機能を保護
費用対効果評価
- ダパグリフロジンのICER(Incremental Cost Effectiveness Ratio)= 270万円/QALYと非常に高評価
- 日本の医療経済評価では、500万円/QALY以下が導入の目安
実地診療への示唆
- 心不全診療は循環器専門医だけでなく、かかりつけ医・保健師・管理栄養士との連携が不可欠
- eGFRやNT-proBNPの定期測定を継続し、治療効果と安全性をモニター
- 治療薬の導入タイミングと初期反応(例:イニシャルディップ)への理解が重要
今後の対応とアクションプランの提案
- 心不全ガイドライン(改訂2024)PDFを院内で共有し、医師・看護師・薬剤師など多職種で勉強会を実施
- SGLT2阻害薬・フィネレノン・セマグルチドなどの導入を迅速に検討
- 高血圧・糖尿病・CKD患者を対象に、NT-proBNP測定を活用した層別化診療体制を構築
- 医療連携体制を強化し、専門医紹介基準やタイミングをマニュアル化
- 医療費評価とアウトカムのバランスを考慮し、院内で費用対効果レビュー会議を設置
おわりに
今回の講演では、心不全診療のパラダイムが“予防と早期治療”に移行していることが明確に示されていました。SGLT2阻害薬をはじめとした新しい薬剤群は、心不全・CKD・糖尿病という複雑な病態の中で、共通のリスク軽減戦略として中心的な役割を担っていくことがわかり勉強になりました。
今後も最新の臨床研究や国際ガイドラインを踏まえながら、よりよい治療を提供できるように頑張ります。
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