抄読会

第27回抄読会 “Caving In to Pressure”

近隣の先生方と NEJM (New England Journal of Medicine) の “Clinical Problem Solving” セクションから毎月 1 本を取り上げて抄読会を行っています、今回の論文は “Caving In to Pressure“というタイトルでした。Chat GPTを用いて論文の解説を行ってみました。

症例の要約

64歳男性。左足関節外側の極めて疼痛の強い慢性潰瘍(約5か月で拡大・深掘れ)、2年前から同部に掻痒性の色素沈着斑が先行。最近は悪臭・局所膿性分泌・発赤と浮腫が増悪。既往に重度の高血圧とコントロール不良の2型糖尿病(1か月前HbA1c 11%)など。立ち仕事(>8時間/日)、喫煙歴は遠隔10 pack-year。初診時、発熱なし、血圧215/100 mmHg、足背〜足底動脈を含む末梢脈拍は両側良好で、アキレス腱直上の後外側に8×5×2 cmの深い潰瘍、プローブtoボーン陰性。静脈エコーでは逆流やDVTなし 。

行われた検査と結果(時系列)

  • 静脈エコー:静脈不全/深部静脈血栓なし
  • 身体所見:BP 215/100、末梢脈拍良好、感覚正常、潰瘍8×5×2 cm、probe-to-bone陰性 。
  • 血液検査:Hb 11.7 g/dL、WBC 8610/µL、CRP 42.7 mg/dL、ESR 42 mm/hr、血糖163 mg/dL。X線:軟部腫脹のみ、骨破壊やガスなし(骨髄炎示唆所見なし) 。
  • 造影なし足関節MRI:軟部欠損、骨髄炎所見なし。入院しバンコマイシン+セフェピム開始、デブリードマンと創処置実施 。
  • 下腿造影MRI:三分枝ランオフ良好、膝窩〜足背/足底動脈すべて開存。静脈も開存、DVTなし(大血管病変を否定) 。
  • 皮膚生検:パンチでは非特異(表層〜中層の好中球浸潤など)。深部の楔状生検で皮下の細動脈硬化、強い化膿性炎、livedoid vasculopathy、脂肪壊死とlipomembranous change → Martorell潰瘍と診断 。
  • 深部組織培養:Serratia marcescensとEnterococcus faecalis(いずれも感受性あり)。これに基づきシプロフロキサシン+ドキシサイクリンへde-escalation、計4週間投与方針 。

初期に疑われた病名/最終診断と根拠

  • 初期鑑別:糖尿病性足潰瘍、末梢動脈疾患(PAD)、慢性静脈不全、バージャー病(可能性低)、骨髄炎、壊疽性膿皮症(PG)など。疼痛が強い乾燥傾向の潰瘍はPAD様だが脈拍正常、静脈性潰瘍は通常無痛で滲出性。PGは他の全身炎症性疾患が併存しやすいが本例では乏しい 。骨髄炎はサイズ・期間・炎症反応から懸念されたがMRIで否定的 。
  • 最終診断:Martorell潰瘍(高血圧性虚血性下腿潰瘍)。根拠は、①長期コントロール不良の高血圧の既往、②深部楔状生検で皮下の細動脈硬化(大血管性PADでは見られない所見)、③潰瘍の好発部位(アキレス腱上後外側)と激痛という臨床像の合致 。

患者の受けた治療と最終経過

  • 初期:バンコマイシン+セフェピム、デブリードマンと創処置 。
  • 培養確定後:シプロフロキサシン+ドキシサイクリン(4週間)。3回の外科的デブリードマン後、後方の創再建・植皮を実施。高血圧の集中的治療(ロサルタン100 mg、アムロジピン10 mg、スピロノラクトン25 mg、HCTZ 25 mg)。退院後は低血圧のためロサルタン+HCTZに戻し良好な血圧管理を維持。4か月後に疼痛消失・潰瘍治癒、HbA1c 7.7%に改善 。
  • 抗菌薬選択の原則:表層スワブは不適(常在菌混入)。無菌操作の深部培養に基づき選択・期間を決定。本例では糖尿病・潰瘍大・再発/難治の文脈から4週間を妥当と判断 。

Figureの順番解説

  • Figure 1(A–D):発症5か月前の「打ち抜き様」壊死性病変(A)→1か月前の潰瘍拡大(B)→受診当日の全層性8×5×2 cm潰瘍(壊死組織・線維素様デブリ・暗紫色境界)(C)→退院3か月後、デブリ・植皮・血圧管理でほぼ治癒(D) 。
  • Figure 2(A–D):A:潰瘍組織の化膿性炎(H&E×20)、B:炎症の皮下への波及(×100)、C:肥厚・硝子化した細動脈(細動脈硬化、管腔のフィブリノイド塞栓)(×100)、D:皮下脂肪の脂肪壊死とlipomembranous change(×200) 。

もっと早く適切な診断ができていた可能性

本症例は生存・治癒。早期の深部楔状生検が決め手であり、パンチ生検は不十分となりがち(皮下の細動脈硬化が鍵病変のため)なので、典型的部位の激痛性潰瘍+重度高血圧の組み合わせを見た時点で早期に楔状生検へ進むべきだった可能性があります 。また、造影MRIで大血管性PADの否定と並行して血圧の厳格管理を早期に開始することで、潰瘍進展や疼痛を抑えうることが示唆されます 。

最終診断(Martorell潰瘍)の要約

長期・重度の高血圧により皮下細動脈の中膜肥厚・内膜肥厚→細動脈硬化・管腔狭窄→皮膚の微小循環虚血・壊死・潰瘍化に至る疾患。強い疼痛、アキレス腱上や下腿外側の中〜遠位三分の一に好発し、数週〜数か月で進行。しばしば色素沈着/リベド網状や小外傷を契機に出現。診断は「コントロール不良の高血圧の既往+皮下の細動脈硬化の組織所見」で確定し、パンチより深部楔状生検が推奨される 。

ガイドライン/管理の実際(文献記載に基づく)

正式な大規模ガイドラインは示されていませんが、文献と本症例から以下が推奨されます:

  • 血圧コントロール:病態の進行抑制と疼痛軽減に必須。非選択的β遮断薬で悪化の報告、**Ca拮抗薬(例:ニフェジピン)**で疼痛・潰瘍面積の改善、ACE阻害薬で上皮化促進の報告がある(小規模エビデンス) 。
  • 創管理:感染には深部培養に基づく抗菌薬、機械的/化学的デブリードマン、適切な創傷ケア。難治例では植皮や再建が有効で、症例集積では1週で疼痛消失、3か月で潰瘍閉鎖の報告。さらに難治例で抗凝固交感神経ブロックが検討されることもある 。

論文タイトル「Caving In to Pressure」の意味

言葉遊び(ダブルミーニング)としての「圧に負けて陥没する」。**高血圧(pressure)が皮下細動脈の抵抗・硬化を高め、皮膚が“陥没(caving in)”=潰瘍化する病態を端的に表しています。さらに患者は高血圧管理へのアドヒアランスの“プレッシャー”にも直面しており、病態生理と臨床的現実の双方を含意するタイトルと解釈できます(概念説明。本文の病態整理は前掲のとおり) 。


補足(図の視覚的時系列):Figure 1のA→Dで潰瘍の形成から治癒までの変遷が一枚で把握でき、Figure 2のA→Dで診断決定に不可欠な皮下細動脈硬化脂肪壊死の病理が段階的に示されています 。


続いてバーチャルカンファレンスも行ってもらいました。


はな子(研修医・プレゼン/段階的に考える)
64歳男性です。左足関節の外側〜後外側、アキレス腱直上に8×5×2 cmの非常に痛い潰瘍があり、悪臭と膿性分泌、周囲の発赤・硬結を伴って受診しました。体温は平熱ですが、血圧は215/100 mmHg。両下肢の末梢脈拍は正常で、感覚検査も異常ありませんでした。潰瘍はアキレス腱上の後外側で、probe-to-boneは陰性でした。
血液検査ではHb 11.7、WBC 8610、CRP 42.7、ESR 42。単純X線は軟部腫脹のみで骨破壊やガス像はありません。骨髄炎はサイズ・期間・炎症反応から疑いましたが、造影MRIで骨髄炎なし、まずはバンコマイシン+セフェピムとデブリードマンで対応しました。
下腿の造影MRIでは三分枝ランオフ良好、膝窩から足背・足底動脈まで開存、静脈も開存でDVTなしで、大血管性PADは否定的でした。鑑別は糖尿病性潰瘍、PAD、静脈うっ滞、壊疽性膿皮症(PG)などですが、激痛・乾燥優位・脈拍正常からいずれも決め手に欠け、後外側の部位はMartorell潰瘍を示唆します。
パンチ生検は非特異だったため、深部楔状生検を実施。皮下の細動脈硬化/フィブリノイド塞栓、脂肪壊死とlipomembranous changeなどが確認され、Martorell潰瘍と診断されました。なお、深部組織培養でSerratia marcescensEnterococcus faecalis(感受性あり)を検出し、シプロフロキサシン+ドキシサイクリンへde-escalation、4週間投与しました。
外科的には3回のデブリードマン+後方の創再建と植皮、加えて集中的な降圧(ロサルタン/アムロジピン/スピロノラクトン/HCTZ)を行い、4か月後に痛み消失・潰瘍治癒しました。
総括すると、長期かつコントロール不良の高血圧の背景に、皮下細動脈硬化による微小循環虚血が潰瘍の本態で、部位(アキレス腱上や下腿外側)、激痛、病理の組合せで確定します。


サトシ(指導医)
いいプレゼンです。ポイントは**「PAD様だが大血管は正常、なのに激痛で後外側」というアンマッチですね。ここで深部の楔状生検に踏み込めたのが決め手です。パンチ生検は深さが足りず診断不十分になりやすいので、疑ったら最初から深部を狙うのがコツです。
治療は
感染の制御+創処置に加えて、降圧が最重要。非選択的β遮断薬で悪化例があり、Ca拮抗薬(例:ニフェジピン)やACE阻害薬での改善報告があります(小規模ながら)。外科的再建・植皮は痛みと治癒の加速に有用で、シリーズでは1週で疼痛消失、3か月で潰瘍閉鎖**です。


はな子(質問1)
PG(壊疽性膿皮症)との鑑別で中性球浸潤が強いと迷いやすいと思うのですが、どこを決め手にしますか?

サトシ
良い問いです。PGでも密な好中球浸潤が出ますが、Martorellでは皮下の細動脈硬化・管腔狭窄(フィブリノイド物質)や脂肪壊死(lipomembranous change)が鍵です。「深部での微小血管病変」を捉えること。これはPAD単独では出ない所見です。したがってパンチではなく楔状生検が推奨されます。


はな子(質問2)
降圧薬の選び方で、まず何から始めますか?また痛みは降圧でどの程度よくなるのでしょう?

サトシ
エビデンスは限定的ですが、血圧コントロールそのものが虚血進行と痛みのコントロールに必須です。薬剤はCa拮抗薬(ニフェジピン)に痛み軽減と潰瘍縮小のRCTがあり、ACE阻害薬で上皮化促進の症例報告があります。非選択的β遮断薬は悪化の報告があるので避け、必要なら選択的β遮断薬(ビソプロロール等)は可とされます。痛みは降圧+外科的処置で速やかに改善し、シリーズでは1週間で完全消失が報告されています。


(病理の論点が核心のため呼びかけ)

大河内教授(病理)
病理切片では壊死性潰瘍底から皮下脂肪に及ぶ化膿性炎、そして肥厚・硝子化した細動脈(細動脈硬化)にフィブリノイド様閉塞を認めます。さらに脂肪壊死とlipomembranous change。これらの深部所見がMartorellの決定打で、表層優位のパンチでは見逃されがちです。

(外科的介入の話題のため呼びかけ)

東教授(外科)
この種の激痛・難治性潰瘍は、感染制御バイオフィルム対策のデブリードマンを反復して創床を整えるのが先決。そのうえで受圧の少ない後方の組織で再建と薄層植皮を組み合わせると、痛みの早期消失と治癒促進が期待できます。本症例の経過とも整合的です。


タケシ教授(まとめ)
本症例は、①激痛、②アキレス腱上〜後外側の局在、③大血管正常(3-vessel runoff)、④深部楔状生検での皮下細動脈硬化という四点でMartorell潰瘍に合致しました。管理は感染対策+創管理+降圧の三本柱で、植皮を含む外科的再建が痛みと治癒を加速します。病態は高血圧による微小血管レベルの抵抗増大→細動脈硬化→皮膚虚血という連鎖です。

Take Home Message

  • 「PAD様所見+大血管正常+激痛+後外側」を見たらMartorell潰瘍を疑う
  • 診断は深部楔状生検(パンチは不十分)で皮下細動脈硬化をとらえる。
  • 治療の要は降圧(Ca拮抗薬・ACE阻害薬にエビデンス)、感染制御とデブリ、必要に応じ外科的再建・植皮
  • 早期にこのトライアドに気づけば、痛みは速やかに改善し、治癒が期待できる。

今回の診断はMartorell潰瘍であり、私も初めて聞いた病名であり勉強になりました。日々勉強です。

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