2025年5月10日、東京都内の病院に入院していた上皇さまが退院されました。診断は「無症候性心筋虚血」──自覚症状がないにもかかわらず、一定以上の運動負荷で心臓の筋肉への血流が不足するという状態です。
これは、特に高齢者や動脈硬化のリスクが高い方にとって重大な疾患であり、適切な評価と治療方針の選択が極めて重要です。
上皇さまのご病状と今回の経過【NHK報道より】
「91歳の上皇さまは、定期検診や再検査で冠動脈から心臓の筋肉への血流が不十分になる心筋虚血の可能性が高いと診断され、精密検査のため5月6日から東京大学医学部附属病院に入院していましたが、10日午前に退院され、赤坂御用地のご自宅に戻られました。
冠動脈CT検査などの結果、胸痛などの自覚症状はないものの、一定程度の運動負荷で心筋の血流が不足する『無症候性心筋虚血』と診断され、新たな血流改善薬を服用しながら、過度な運動負荷を避け、日常の活動内容も見直すとしています。」
(NHKニュース|2025年5月10日)
無症候性心筋虚血とは? ― 自覚症状がないからこそ注意が必要
● 病態の特徴
「無症候性心筋虚血(Asymptomatic Myocardial Ischemia)」は、胸痛などの症状を伴わない心筋虚血です。原因の多くは動脈硬化による冠動脈の狭窄であり、虚血自体は心電図、負荷心エコー、核医学検査(SPECTやPET)などでしか確認できません。
- 全心筋虚血の約70〜80%が無症状とも言われており、見逃されやすく、診断が遅れると心筋梗塞や心不全へ進展するリスクがあります。
- 高齢者では特に典型的な症状(胸痛)が出にくく、「なんとなく疲れやすい」「動くと息が切れる」などの非特異的な訴えに注意が必要です。
治療戦略:まずは薬物と生活習慣を中心とした「至適内科治療(OMT)」
治療方針の基本はOMT(Optimal Medical Therapy)で、以下の要素を含みます:
- 抗血小板薬(アスピリン)
- スタチンによる脂質管理
- 必要に応じて:β遮断薬、ACE阻害薬/ARB、SGLT2阻害薬など
- 禁煙・減塩・適度な運動(可能範囲内)
- 心臓リハビリテーションやストレス管理
※上皇さまも今回、新たな冠血流改善薬を処方されたとの報道があります。
血行再建は必要か? ― ISCHEMIA試験のエビデンスを踏まえて
2020年に発表されたISCHEMIA試験は、虚血のある安定冠動脈疾患患者において、「初期からカテーテルなどの侵襲的治療を行っても、死亡率や心筋梗塞の発症率に有意差はなかった」ことを示しました。
ただし、以下のような例外では侵襲的治療が検討されます:
適応状況 | 推奨される治療 |
---|---|
左主幹部(LM)高度狭窄 | CABG(冠動脈バイパス術)で予後改善 |
多枝病変かつ糖尿病を合併 | CABGがPCIより有利(FREEDOM試験) |
広範な虚血(心筋の10%以上) | SDMの上で血行再建考慮(JCS推奨) |
LVEF<35%、虚血性心筋症 | CABGが予後改善(STICH試験) |
上皇さまは高齢かつ過去にバイパス術の既往があり、現時点では非侵襲的治療と日常生活の調整による管理が適切と考えられます。
患者さんへのメッセージ:無症状でも「要観察」です
- 症状がないからといって、安心して放置するのは危険です。
- 年齢・持病・動脈硬化の程度などを考慮し、定期的な心臓評価と生活習慣の最適化が鍵となります。
- 自覚症状のない方にも、時に専門的な心臓検査が必要です。
まとめ
- 治療の第一選択は「至適内科治療(OMT)」。
- 血行再建は「予後を改善できると判断される高リスク例」に限る。
- 高齢者やフレイル患者では、リスクとベネフィットを慎重に比較する必要があります。
- 医師と患者が十分に情報を共有しながら治療方針を決定する「共同意思決定(SDM)」が非常に重要です。
最後に
上皇さまのご健康と穏やかなご生活が、これからも続きますことを心よりお祈り申し上げます。
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