~「検査で異常なし」と言われても続く胸の痛みの正体~
更年期になると、動悸や息切れ、胸の痛みを感じることが増えます。病院で心電図や心臓エコーの検査を受けても「異常なし」「心臓に問題はない」と言われてしまい、原因が分からないまま不安になる方も多いのではないでしょうか?
こうした症状の背景には、**「微小血管狭心症(MVA)」**という病気が隠れている可能性があります。通常の検査では見つけにくいため、適切に診断されずに見逃されることも少なくありません。
そこで今回は、医学論文や国際的なガイドラインを基にしたDeep Research(深層調査) を行い、更年期とMVAの関係について詳しく解説します。
微小血管狭心症、疾患概念と意見の相違点
定義と病態: 微小血管狭心症(MVA)は、心臓の細小な冠動脈(直径500μm以下)の機能障害によって心筋虚血が生じる狭心症状態です。冠動脈造影では大きな閉塞がないにもかかわらず、労作時や安静時に狭心痛様の胸痛発作や虚血所見を呈することが特徴です。この状態は従来「心臓症候群X(Cardiac Syndrome X)」とも呼ばれてきました。2018年にCoronary Vasomotion Disorders International Study Group(COVADIS)によりMVAの国際診断基準が提唱され、以下の4項目すべてを満たす場合「確実なMVA」と定義されます: (1) 労作時または安静時の狭心症状(圧迫感や絞扼感など), (2) 冠動脈に血流を制限するような有意狭窄(一般に直径50%以上の狭窄)がない, (3) 非侵襲的負荷試験や心筋イメージングで心筋虚血の客観的証拠がある, (4) 冠血管機能検査で冠微小循環機能障害(冠血流予備能低下や微小血管痙攣など)が証明される。4項目目の証明が不十分でも他の条件を満たせば「疑いMVA」と診断されます。病態生理としては、器質的リモデリング(小動脈壁肥厚や毛細血管密度低下による血流予備能低下)と機能的異常(内皮機能障害による過剰収縮や十分な拡張不全)の二つのタイプがあり、多くの症例でこれらが組み合わさっています。例えば動脈硬化危険因子や左室肥大により微小血管の内腔縮小と壁肥厚が生じ血流予備能が低下する一方、内皮機能不全により必要時に適切な拡張ができず時にパラドキシカルな収縮を起こします。加えて、一部患者では冠動脈の微小血管痙攣(アセチルコリン負荷で胸痛と虚血性心電図変化を再現するが、大冠動脈に痙攣は起きない現象)が見られ、これはMVAの一形態と考えられます。このようにMVAは多様なメカニズムからなるため、医学界でも理解が難しく、専門家の間で議論が続く領域です。
良性か否かを巡る認識: かつてMVA(症候群X)は「冠動脈に狭窄がないから予後良好」と捉えられ良性の状態と考えられた時期もありました ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。しかし近年の研究では、MVA患者も心筋梗塞(MI)や脳卒中、心不全などの重大心血管イベント(MACE)リスクが有意に高いことが示され、決して無害ではないと分かってきました ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。実際、女性の胸痛患者を追跡したWISE研究では、狭心症状と虚血所見があるのに血管造影で閉塞を認めないケースの多くに微小血管機能障害が関与し、こうした患者群は5年以内に約27%と高率で心血管イベントを起こすことが報告されています。この認識の変化に伴い、MVAは虚血性心疾患の一病態として重要視されるようになりました ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。一方で診断・治療ガイドラインの整備は遅れており、エビデンス不足から医師間で対応が分かれる部分もあります ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。例えば、明確な診断基準が提唱されたのは最近であり、未だ標準治療が確立されていないため治療方針も専門家の経験に委ねられる傾向があります ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。さらに、胸痛の原因が本当に微小血管の虚血によるものか、それとも痛覚過敏など他の要因が関与するのかについても完全には解明されておらず(症候群Xでは痛覚閾値低下の仮説もあった)、病態の捉え方に差がみられることがあります。総じて、MVAは定義・診断基準が統一されつつある一方、その発症メカニズムや最適治療法には未解明の点が残る疾患概念と言えます。
アジア人に多いのか(疫学データ)
全体の有病率: 狭心症患者のうち冠動脈に狭窄病変がない(INOCAと総称される)症例は想像以上に多く、近年の報告では狭心症でカテーテル検査まで行った患者の30〜70%が「非閉塞性冠動脈疾患」だったとされています。その後の精査で約半数近く(約50%)に冠微小循環障害や冠攣縮が確認されるため、MVAや冠攣縮性狭心症は狭心症全体の中で大きな割合を占めることになります (Prevalence of Coronary Microvascular Disease and Coronary Vasospasm in Patients With Nonobstructive Coronary Artery Disease: Systematic Review and Meta‐Analysis) (Prevalence of Coronary Microvascular Disease and Coronary Vasospasm in Patients With Nonobstructive Coronary Artery Disease: Systematic Review and Meta‐Analysis)。とくに女性に多いのが特徴で、非閉塞性冠疾患(INOCA)の患者では女性の比率が高く、MVAの発症は閉経後女性に多い傾向が一貫して認められています。女性ホルモン(エストロゲン)には血管内皮機能を保護し血管拡張を促す作用があるため、閉経によるエストロゲン低下が微小循環機能不全を誘発しうると考えられています。実際、閉経後女性の症候群X患者にエストロゲン補充療法を行うと胸痛発作の頻度が減少したとの報告があり、ホルモン欠乏との関連が示唆されています。一方で男性の場合、糖尿病・高血圧・高脂血症など従来型リスク因子の蓄積や加齢によって微小血管の構造リモデリングや内皮機能悪化が進行し、MVA発症に寄与すると考えられます。このようにMVAは特に女性(閉経前後)に多いものの、高リスク因子を有する中高年男性でも発症しうる疾患です。
アジア人における特徴: アジア人(特に東アジア東洋人)では、冠動脈の攣縮性血管運動異常(冠攣縮性狭心症)を来しやすいことが古くから指摘されています。欧米人と比較し日本人は冠血管運動異常による狭心症の頻度が高いとの報告があり、実際にアセチルコリン負荷試験を系統的に行うと日本人や台湾人では多枝の冠動脈攣縮(2枝以上)の誘発率が欧米人よりも有意に高かった(日本人24.3%、台湾人19.3%に対し白人7.5%)とのデータがあります。さらに、日本人の冠攣縮性狭心症患者は多枝かつびまん性の攣縮を起こす割合が高く、一方で有意な動脈硬化性狭窄の合併率は欧米より低い傾向が報告されています ( Coronary Spasm: Ethnic and Sex Differences – PMC )。これらは人種間の血管反応性の違いを示唆するもので、その要因の一つとして遺伝的背景が注目されています。例えば東アジア人に高頻度(約30–50%)に見られるアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の変異型(いわゆる酒に弱い体質)は、体内の活性アルデヒド蓄積を通じ冠動脈の異常収縮反応を引き起こしやすく、冠攣縮性狭心症のリスク因子であることが示されています。同様に、この遺伝子多型を有する患者ではニトログリセリン代謝が低下し硝酸薬耐性が生じやすいことも報告されています。つまり、東アジア人は遺伝的に冠動脈攣縮を起こしやすい素因があり、その結果として微小血管攣縮や微小循環障害による狭心症(MVA)も相対的に多く存在している可能性があります。実際、アジア人のデータは欧米に比べ少ないものの、シンガポールや日本の報告では非閉塞性狭心症患者の約50%に何らかの冠微小循環障害や攣縮が認められると推定されており、潜在的患者は相当数に上ると考えられます。なお、性差に関して言えば、冠攣縮性狭心症(VSA)は日本では中年男性に多く(喫煙習慣との関連が強いため)、一方で微小血管攣縮を含むMVAは女性に多い傾向があります ( Coronary Spasm: Ethnic and Sex Differences – PMC )。実際、冠動脈機能検査で異常が見つかったINOCA患者を解析した研究では、エピカルディアル(大冠動脈)攣縮は男性や喫煙者、MINOCA患者に多く、逆に微小血管攣縮は女性や安定狭心症(労作狭心症)患者に多かったと報告されています ( Coronary Spasm: Ethnic and Sex Differences – PMC )。このように、東アジア人では冠攣縮が関与する狭心症全般(大冠動脈および微小血管の攣縮)が欧米より多い傾向にあり、人種差・性差を考慮した疫学的理解が必要です。
積極的な診断方法
診断アプローチの転換: MVAは長らく「除外診断」(他の疾患が否定された後の診断)とみなされる傾向にありました。しかし近年は積極的に冠微小循環障害を検出する診断アプローチが重要視されています。非閉塞性狭心症(INOCA)の疑い例では、単に冠動脈造影で異常がないと判断するのではなく、その場で追加の冠血管機能検査(Coronary Function Test, CFT)を行い、微小血管レベルでの異常の有無を評価することが推奨されています。具体的には、カテーテル先端に計測用ワイヤーを挿入して冠血流予備能(CFR)や微小循環抵抗指数(IMR)を測定し(アデノシン負荷試験)、同時にアセチルコリン負荷試験で誘発狭心症状と心電図変化、および冠動脈の収縮反応を観察します。この一連の検査で、以下のような所見が得られます: (A) CFR低下(一般に正常値≧2.5~3.0、病的所見として<2.0など)やIMR上昇(上限の目安は25単位)が認められれば冠微小血管の機能低下を示唆し、(B) アセチルコリン負荷で胸痛・虚血性ST変化を再現するが造影上大冠動脈攣縮がなければ微小血管攣縮の存在を示します(一方、ST上昇や局所攣縮を伴う典型的なエピカルディアル攣縮が起きれば冠攣縮性狭心症と診断されます)。COVADIS基準ではこれら所見を総合してMVAを確定診断しますが、これに沿った侵襲的冠機能検査は診断のゴールドスタンダードと言えます。
ガイドラインの推奨: 欧米およびアジアの最新ガイドラインでも、こうした積極的診断が推奨されています。欧州心臓病学会(ESC)の2019年慢性冠症候群ガイドラインでは、非閉塞性狭心症患者でMVAが疑われる場合、ガイドワイヤーを用いたCFRおよび/またはIMR測定を行うことがクラスIIa(エビデンスレベルB)で推奨されました。また、内皮機能評価目的でのアセチルコリン負荷試験や、非侵襲的な代替手段として経胸壁ドプラ心エコーによる冠血流速度予備能評価、心筋MRIや心臓PETによる冠微小循環評価もエビデンスBながらクラスIIbで提案されています。日本循環器学会(JCS)も2023年に冠攣縮性狭心症・冠微小循環障害の合同ガイドラインを改訂し、冠攣縮誘発試験および冠血管機能検査による診断アルゴリズムを新たに盛り込みました。この中では、狭心症状と虚血所見を有するINOCA患者に対し、積極的に**冠動脈スパスム誘発試験(アセチルコリンやエルゴノビン負荷)と微小循環機能評価(CFR/IMR測定など)を行い、原因病態を「エピカルディアル攣縮」「微小血管攣縮」「微小循環機能低下」**などにエンドタイプ分類することが推奨されています。このような詳細な診断により、各患者の狭心症の機序を特定し、それに即した治療戦略を立てることが可能になります。
積極診断の意義: 侵襲的検査はリスクやコストも伴うため一部では議論がありますが、近年の試験結果はその有用性を裏付けています。例えば英国で行われたCorMicA試験では、カテーテル検査時に追加の冠機能検査を行い結果に応じて治療を最適化した群と、通常の治療(偽の検査を行い結果を教えずに従来治療)を行った群を比較しました。その結果、1年後における狭心症症状の指標(シアトル狭心症質問票スコア)が積極検査・治療群で有意に改善しており、診断的アプローチが患者の予後とQOL向上に寄与することが示されました。このように、MVAを積極的に診断することは適切な治療介入につながり、従来「原因不明の胸痛」と放置されがちだった患者の転帰を改善し得るため、最新の指針では強調されているのです。
INOCA・MINOCAとの関連性
INOCAとの関係: MVAはしばしばINOCA(Ischemia with Non-Obstructive Coronary Arteries)の一部として語られます。INOCAとは「心筋虚血の症候(狭心痛やストレステスト陽性)があるが、冠動脈に閉塞性病変がない状態」を総称する用語で、近年注目されている概念です。MVA(微小血管狭心症)はINOCAの代表的な原因であり、実際INOCA症例のかなりの部分に冠微小循環機能障害(CMD)が関与しているとされています ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。例えば、狭心症状でカテーテル検査を受けた患者の70%近くが非閉塞性であり、その半数にCMDや攣縮が見られるとのメタ解析結果から、INOCA患者の約半数はMVAや冠攣縮性狭心症など何らかの冠血管機能異常を有する計算になります (Prevalence of Coronary Microvascular Disease and Coronary Vasospasm in Patients With Nonobstructive Coronary Artery Disease: Systematic Review and Meta‐Analysis) (Prevalence of Coronary Microvascular Disease and Coronary Vasospasm in Patients With Nonobstructive Coronary Artery Disease: Systematic Review and Meta‐Analysis)。言い換えれば、MVAはINOCAの一病態(エンドタイプ)なのです。INOCAには他にも、エピカルディアルの冠攣縮性狭心症(VAS:Variant Angina)や、微小血管機能障害と冠攣縮の両方を合併するケース、あるいは心筋ブリッジや需要酸素不均衡など様々な原因が含まれます。こうしたINOCA全体に対し、欧州や日本のコンセンサスでは冠動脈機能検査によって病態を分類し、患者ごとにオーダーメイド治療を行うことが推奨されています。特に日本循環器学会(JCS)2023年ガイドラインでは、新たにINOCAの項目が追加され、INOCAの原因としてMVA(CMD)とVASを的確に診断・鑑別することが強調されています。
MINOCAとの関係: 一方、MINOCA(Myocardial Infarction with Non-Obstructive Coronary Arteries)は「心筋梗塞(トロポニン上昇や心電図変化など診断基準を満たす)が起きたが、冠動脈に閉塞性プラークがない症例」を指す概念です。急性冠症候群(AMI)と同様の臨床像にもかかわらず冠動脈に明らかな血栓閉塞が見られない場合にこの診断が用いられ、その頻度は全心筋梗塞の数%(平均6%程度)と報告されています。MINOCAの原因としては多岐にわたり、冠攣縮(エピカルディアルあるいは微小血管の攣縮)による一過性の虚血、プラークの亀裂や微小塞栓、心筋炎、応力(ストレス)心筋症(たこつぼ症候群)などが鑑別に挙がります。MVAとの関連で言えば、冠動脈攣縮はMINOCAの主要原因の一つであり、特に多枝にわたるエピカルディアル攣縮は心筋虚血が広範囲に及ぶため急性心筋梗塞様の症状や心電図変化(ST上昇を含む)を引き起こし得ます ( Coronary Spasm: Ethnic and Sex Differences – PMC )。日本人ではこのタイプの多枝攣縮によるMINOCAが比較的多く、実際、非閉塞性心筋梗塞患者の検討で約半数に冠攣縮が誘発可能との報告もあります。これに対し、微小血管レベルの攣縮や機能不全はST変化が局所的あるいは非特異的であることが多く、主に労作性狭心症や心不全症状として慢性的に現れる傾向があります ( Coronary Spasm: Ethnic and Sex Differences – PMC )。しかし重度の微小循環障害があれば需要と供給の不均衡から心筋梗塞(タイプ2 MI)を来すこともあり、微小血管攣縮が長引けば少量のトロポニン上昇を伴う小規模な心筋梗塞(MINOCA)に至る可能性も否定できません。実際、エピカルディアル攣縮は男性・喫煙者・MINOCA例に多く、微小血管攣縮は女性・安定狭心症例に多いとのデータがあり ( Coronary Spasm: Ethnic and Sex Differences – PMC )、前者は急性冠症候群的に、後者は慢性虚血症候群的に表現型が異なることが示唆されています。したがって、MVA(微小血管狭心症)は主に慢性の狭心症状や運動負荷虚血として現れるINOCAの一形態ですが、一部の患者ではそれが急性増悪してMINOCAイベントを引き起こす場合もあると理解できます。臨床的には、MINOCA患者において原因検索のため冠攣縮誘発試験や心筋生検を行い、隠れたMVAやVAS、炎症の存在を確認することが推奨されます。JCS 2023ガイドラインでもMINOCAの章を新設し、MINOCAの背景に潜む冠微小循環障害や攣縮を積極的に評価すべきと述べられており、INOCA/MINOCAとMVA・VASは概念上緊密に関連しています。
治療方法
薬物療法(標準的治療): MVAの治療は主に症状緩和と予後改善を目的とした薬物療法が中心です。ただし前述のようにエビデンスに基づく確立治療は少なく、患者ごとの病態に応じた個別対応が推奨されます ( Microvascular Angina: Diagnosis and Management – PMC )。第一選択薬は、β遮断薬と硝酸薬(ニトロ製剤)です ( Traditional chinese medicine in coronary microvascular disease – PMC )。β遮断薬は心拍数と心筋収縮力を低下させて心筋酸素需要を減少させ、労作狭心痛の発作頻度を抑えます。また安静時にも心筋虚血を抑制しうるため、特にCFR低下型(構造的微小循環障害型)のMVAで有用と考えられます ( Traditional chinese medicine in coronary microvascular disease – PMC )。短時間作用型のニトロ(舌下ニトログリセリン)は狭心痛発作時の頓用薬として有効で、微小血管にもある程度の血管拡張作用を及ぼします ( Traditional chinese medicine in coronary microvascular disease – PMC )。症状コントロールが不十分な場合には、カルシウム拮抗薬(Ca拮抗薬)や長時間作用型ニトロを追加し、冠微小血管の攣縮や収縮傾向をさらに抑制します。特に微小血管攣縮(冠スパスム)傾向が示唆される患者ではCa拮抗薬(ベラパミルやジルチアゼムなど)が第一選択となり、β遮断薬は必要に応じて減量・中止を検討します(※β遮断薬はエピカルディアル攣縮が主体の異型狭心症では症状悪化の報告があり、慎重投与が望まれます)。さらに、ACE阻害薬やARBも併用が推奨されます。これはレニン・アンジオテンシン系を抑制することで内皮機能を改善し、微小循環の過剰収縮を和らげる効果が期待できるためです。実際、女性のMVA患者を対象にしたWISE試験では、ACE阻害薬(キナプリル80mg/日)投与群でプラセボ群に比べ狭心症状とCFRの改善が認められており、微小循環の機能改善に有用との結果が得られています。加えてスタチンも重要な位置を占めます。スタチンは脂質低下作用のみならず抗炎症・抗酸化作用やNO生物学的利用能の向上による血管内皮機能改善作用があり、非閉塞性CAD患者においてスタチン内服群は長期的な主要心血管イベントの減少が報告されています。そのため、ガイドラインでも**動脈硬化の予防策(スタチン、ACE阻害薬、抗血小板薬などによる抗動脈硬化療法)**はMVA患者に積極的に考慮すべきとされています(※ただし明らかな動脈硬化所見がない場合のアスピリン常用については議論があり、個々のリスクに応じ判断します)。これらに加え、生活習慣の是正(喫煙中止、減量、運動療法、ストレス管理等)も基本です。特に喫煙は冠攣縮の強力な誘因であり、禁煙は必須の介入です。また高血圧や糖尿病の厳格管理も微小血管リモデリング進行を抑制する上で重要になります。
その他の薬剤: 上記の標準治療で症状がコントロールできない場合、第二選択として様々な薬剤が試みられます。代表的なものにニコランジル、イブブラジン、トリメタジジン、ラノラジンがあります。ニコランジルは硝酸作用とATP感受性カリウムチャネル開口作用を併せ持つ薬剤で、冠抵抗血管を直接拡張させうるためMVA患者の運動誘発性虚血を改善したとの報告があります。また抗炎症・内皮機能改善作用も示されており、難治性狭心症状の軽減に有用と考えられます。イブブラジンは洞調律を維持しながら心拍数を低下させる薬剤で、β遮断薬が使えない(あるいは無効な)場合に代替として心筋酸素需要を減らす目的で使用されます ( Traditional chinese medicine in coronary microvascular disease – PMC )。トリメタジジンやラノラジンは心筋のエネルギー代謝効率を改善することで抗虚血効果を発揮し、欧米では微小血管狭心症を含む慢性狭心症に追加投与して症状改善が認められています。これらの薬剤はエビデンスのエリアは限られますが、患者ごとに症状と病態に合わせて組み合わせることで症状コントロールを最適化します。なお、冠微小血管攣縮が確認された場合にはエピカルディアル攣縮と同様にカルシウム拮抗薬中心の抗攣縮療法を行います。一方、CFR低下型(微小血管機能低下型)ではβ遮断薬やACE阻害薬、スタチンを軸に内皮機能・リモデリング改善を図りつつ症状管理を行います。このように患者のMVAの機序(攣縮優位か機能低下優位か)を踏まえ、オーダーメイドの薬物療法を組み立てることが現代の推奨戦略です。
補完療法(漢方・その他): 西洋医学的治療で十分な効果が得られない場合や、併用療法として漢方薬・生薬製剤など補完代替医療が用いられることもあります。そのエビデンスも徐々に蓄積しつつあります。中国を中心とした報告では、丹参(タンジン、Salvia miltiorrhiza)をはじめとする生薬が冠微小循環障害の改善に有用との知見があります (Overview of Microvascular Angina Pectoris and Discussion of Traditional Chinese Medicine Intervention – PubMed)。丹参製剤は古くから狭心症治療に使われており、微小血管拡張・血液粘度低下・抗酸化作用を通じて心筋虚血耐性を高める作用が示唆されています (Overview of Microvascular Angina Pectoris and Discussion of Traditional Chinese Medicine Intervention – PubMed)。実際、中医学の「補気活血」法(気を補い瘀血を除く処方)は血管内皮を保護し冠微小血管を拡張させることで虚血を改善し、さらに虚血再灌流後の無再流現象の軽減や心筋の低酸素耐性向上、抗血小板作用など多面的に心筋保護効果を発揮すると報告されています (Overview of Microvascular Angina Pectoris and Discussion of Traditional Chinese Medicine Intervention – PubMed)。例えば中国のあるランダム化試験では、標準治療に生薬製剤(複方丹参滴丸など)を併用した群で狭心痛発作の頻度やニトロ剤使用量が有意に減少し、運動耐容能も改善したとの結果が得られています( (Overview of Microvascular Angina Pectoris and Discussion of Traditional Chinese Medicine Intervention – PubMed))。日本においても、冠攣縮性狭心症に六君子湯や当帰芍薬散を併用した症例報告など、漢方薬が症状軽減に寄与したとの報告がありますが、エビデンスとしては限定的です。現状では漢方を含む補完療法はエビデンスの確立した標準治療ではないものの、患者の体質・症状に合わせて併用することで症状緩和やQOL向上に役立つ可能性があります (Overview of Microvascular Angina Pectoris and Discussion of Traditional Chinese Medicine Intervention – PubMed)。特に更年期の女性では自律神経不安定やホルモン変動も症状に影響しうるため、漢方薬で全身的なバランスを整えることが奏功するケースも経験されています。今後、大規模臨床試験による検証が望まれますが、西洋医学的治療に漢方など東洋医学的アプローチを加えた統合医療的ケアもMVA管理の一つの選択肢と言えるでしょう。
以上、最新の論文やガイドラインに基づき、更年期に関連する微小血管狭心症(MVA)の概念から疫学、診断、INOCA/MINOCAとの関連、治療に至るまで概説しました。MVAは一見「原因不明の胸痛」と見過ごされがちでしたが、近年その実態と重要性が明らかになりつつあります。とりわけ更年期前後の女性ではホルモン環境の変化も関与する複雑な病態であり、診断の標準化と治療戦略の最適化が求められています。引き続き質の高い研究と啓発により、MVA患者の予後と生活の質が改善することが期待されます。
Deep Researchの調査速度や精度はすごいですね、AIなどのツールも活用しながらより良い診療ができように頑張ります。
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